第7話 東海林 楓と不良グループ

 今日も今日とて僕はしっかりお勉強だ。毎日の六科目の設定時間は学校での休憩時間も使ってフル回転だ。大雑把に10分の休憩時間で、終わったばかりの授業内容を振り返る。


 人間の記憶って不思議なもので、完全に忘れると思い出すのに時間がかかる。けれども、忘れかかっている状態なら思い出すのも割と容易い。だから復習は遅くても1日経つ前にしておかないと記憶の定着が悪い。


 だから忘れる前に復習する。効率のいい記憶の時間が1日後、1週間後、そして1ヶ月後の期間という訳だ。確か先人が発見した、えーと確か、『エビングなんとかさんの忘却曲線』だったかな。まさに先人の英知だと僕は思っている。


 これを知り色んな本を読んだところ、こんな感じで記憶するのが効率がいい、と書いてあったのを僕は信じているという訳だ。ポイントは、完全に忘れると思い出すのに疲れてやる気がなくなる。だから忘れる前に復習する。それがやる気と根気を維持する一番の秘訣という訳だ。


 最初は余裕だって思っていても1ヶ月後、中間試験直前になると復習しないといけない授業内容や問題が雪だるま式に増えていく。それでもこの期間を守って勉強できるかどうか?


 そこが最大の問題だ。


 だから休憩時間といえども手を抜くわけにはいかないのだ。とはいえ人間トイレにいきたくなるのはよくあることだ。授業中に手をあげて


(トイレに行ってきていいですか?)


とは言いたくない。ここは注意しないといけないだろう。トイレの我慢は体によくないのだ。そんな訳でトイレに行った帰り道でふふーんと鼻唄を歌いながら、さわやかな気分で僕は廊下を歩いていた。すると階段の踊り場からめるような声が聞こえた。


「あんた、隠れて蓮野内はすのうち君のご機嫌とってるんじゃないの!?」

「そうよ、そうでなかったら蓮野内君が、あんたなんかに言い寄る訳がないじゃない!」

「理由がみつからないわ!」

「「そうよそうよ!」」


 聞いた感じだと蓮野内君は大人気だな。なんであんなにモテるんだ? イケメン、高身長、そしてお金持ちの三拍子そろったがゆえのぱわーか! いったい誰が絡まれてるんだい? と踊り場にいる人たちを、僕は階段上からこっそりのぞき見た。


 階段の踊り場で髪の毛を金色や赤に派手に染め、ピアスしてる女性の不良グループと思われる人たちに絡まれていたのは、東海林しょうじさんだった。マジか。


 東海林さんに絡んでいる女性の不良グループのメンバーは3人と確認する。ヒートアップしていく女性3人をみて、下手したらこのままだと手が出てでもおかしくないなと思った。


「私は蓮野内君のご機嫌取りなんかしてません!」と東海林さんは叫ぶ。

「大体あんた生意気なのよ! 気取っちゃってさ!」

「「そうよそうよ!」」


 手がでれば相手の暴力をもとに、先生にチクれば一旦はおとなしくなるかもしれない。けれどもそこで訴えるにしても証拠がいる。どうしたもんかなと考えた。僕の目撃証言だけでもないよりは、良いっちゃ良いんだろうけども。


「ふざけんじゃないわよ!」と手を振り上げたのを見て、これはまずいと

「あれ? 何してるんです? あれれ、東海林さんじゃないですか。どうしたんですか?」と今、通りかかったように僕は話しかける。

五十嵐いがらし君……!」

 

 見られたくない場面を見られたような、複雑な表情をしている東海林さん。


「あんた、誰よ?」とリーダーぽい女性ににらまれる。

「いや、たまたま通りかかったら、声がしたんでびっくりしただけです。何してるんですか?」

「うるさいわね。あっち行きなさいよ! 私たちが用があるのはこいつなんだから!」


 様子を見ながら階段を降り、警戒しつつ女性陣がいる踊り場より下に移動する。これで地の利はこちらに有利だ。けれども何も言わずに通り過ぎた僕をみて、不良の女性陣はフンッと僕を見下して笑う。


「それでいいんだよ。さぁ、話を続けようか」


 といったのにあわせて僕はこう答える。


「いいんですか? じゃぁ、僕はこれから職員室に行ってこの状況を話してきますね」

「なんだって!?」


 (そう言われても、もう遅い)と僕は内心つぶやいた。職員室は2階だ。不良グループの女性陣の足の速さを考えても、既に2階にいるこちらが有利になってている。


 体育会系の部活に所属してるうちの学校の生徒が、ピアスして髪の毛を派手な色に染めて大会に出してもらえるわけがない。だから彼女たちは運動系の部活には十中八九、入ってない。けれど予想外に足が速い事態はありえる。だからこそ、それを想定したうえでの位置取りだ。


「これから職員室に行って、君たちが東海林さんに言ってたことを、洗いざらい先生たちにしゃべります。僕ってとっても口が軽いんです」


 僕は本当に困った顔をして話をする。睨みつけてくるけど、リーダー格の女の子にはさっきほどの勢いはない。


 あともう一押しかな、と考えた僕はスマホを取り出しこう告げる。


「今の様子を動画で撮らせてもらいました。君たちの顔も、さっきの脅しも、手をあげそうになってた状況もばっちりです」

「お前! さっきから黙って聞いてれば!」


 僕は左手を前に出して視線をさえぎり、相手の威嚇いかくを抑えつける。


「一から十まで説明しないとダメですか? 今、引き下がるなら今回のことは僕も黙っていましょう。君たちも困るでしょう? でも今後、僕たちや東海林さんに関係する人に君たちが絡んできたら……」


「なに勝手なこと言っ」と怒声をあげようとしたところを


「その時は容赦しません」


 相手の言葉をさえぎって僕は、はっきり言い切った。


「動画も警察に渡します。教育委員会にも学校にも送りますよ。なんなら君たちの親御おやごさんにもこの動画を見せにいきましょうか? 口が軽い僕にはこんな秘密、とても耐えられそうにありません」

 

「やばいよ、こいつ」

「頭おかしいんじゃないの」

「……! みんな行くよ!」


 不良グループは、そう言って東海林さんから離れどこかへ行った。僕は内心ほっとする。

 

「よかったです。大事おおごとにならなくて」と東海林さんに話しかける。東海林さんは涙目になっていた。東海林さんは僕をみて


「五十嵐君……足、震えてるよ」と涙をぬぐいつつ笑った。

「そりゃ、怖いですもん。震えが止まらないや」


 慣れないことをした僕は、震えが止まらないひざを両手で押さえながら正直にそう答えた。そんな僕を見て東海林さんは


「でも、かっこよかった!」


 と泣き笑いの顔をしたのだった。

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