第6話 東海林さんとお弁当のおかずを交換!?

 昼休みの教室で僕は一人、母さんが作ってくれたお弁当を食べていた。さすが父さんの胃袋つかんだ味だね~と余計なことを考えつつ黙々と食べていた。


「お弁当のおかず交換しようよ」


 空いた席に腰掛けながら東海林しょうじさんは言った。みんな購買部に食事を買いに行ってしまった。教室にはお弁当組が残るのみだ。僕は内心とても戸惑ったけど、


「うん、了解で」と答えるので精一杯だった。女の子とお弁当のおかずを交換イベント発生だ! 頭の中の豚は木に登る勢いだし、なんならそのまま空を飛びそうだ。


 そんな僕の頭の中を東海林さんはあんまり頓着とんちゃくしてなさそうだ。


「たこさんウィンナーは頂いた。代わりこれをあげましょう」


 東海林さんは自分のお弁当から、ハンバーグをおはしで器用に切って僕のお弁当箱にひょいっと入れた。


 とりあえず、東海林さんのハンバーグは見た目は普通だ。少し焦げ目がついてたけど、焦げた部分のカリカリ感も大好きな僕にとってはむしろ高評価と言える。一口パクッと頂いた。


「おいしい……何、このおいしさ」と僕は素直にこのハンバーグを称賛した。


「でしょう? 私の手作りだから、感謝して食べるといいわ。リーズナブルかつ低カロリーなのにこのボリューム」


 すごい自慢げだった。けれど、それも納得のお味としか言いようがない。しかも母さんの味付けとは全く別路線のおいしさだ。 


「すごいね! 東海林さんって料理するんだね。どちらかというとしない方かなって思ってた」

「偏見。どこをどうみたら私が料理しないって見えるのよ」


 ここで本音を言うものは、神の裁きを受けて滅ぶだろうって、なんとなく過去の偉人たちから啓示けいじが降りてきたので僕は黙っていた。まぁとにかく東海林さんは、料理がお手の物と言っていい。めちゃくちゃ美味しかった。


 蓮野内はすのうち君が口をパクパクさせ指をプルプル震わせてこっちをみていたけど、僕は知らないフリをした。東海林さんもどこ吹く風だ。割とこの状況に慣れっこに見えた。


「蓮野内君って最初の頃、東海林さんにはどんな感じだったの?」


 僕はただの好奇心から聞いてみた。


「そうね。いきなり『あなたに一目惚れしました。俺と付き合ってください!』って言い出したのが、だいたいこの学校に入学してすぐだから1年くらい前かなぁ」


 東海林さんはここでいきなり核爆弾を落としてきた。僕に対してすらこのセキュリティシステムの危うさだ。蓮野内君に無断でこんなことを話して大丈夫かしら? という考えをつゆほども感じさせない調子で話しだした。


 この子に相談すると、なんか情報が前田さん含めて女子全員どころか男子にすら筒抜けになってそうな予感がじた。


 聞いたのが僕だから教えてくれたとか、そういう救いはないのか!? いや、それが女子グループの情報網なのか? 噂話という名のミサイルを、みんな標準搭載してるのか!?


 そこまで連想した僕は(あ、でも蓮野内君って東海林さんに惚れているってことを誰にも隠してないや)ということを思い出した。


 話してただけで、いきなり勝負挑んでくるレベルだもんな。みんな蓮野内君のことを蓮野内グループのイケメンお坊ちゃまって知ってるしなぁ。


 なんか色々考えてたら、勝ち組の蓮野内君のことを心配してる自分が悲しくなってきた。女性陣の連携を止めることなんて、僕ごときではできないのだ。


 そこで僕は思考を止めた。これ以上の追及は僕の身に危険が及ぶ。だいたい本をバカにした蓮野内君の自身のことなんだから、僕の知ったこっちゃないのだ。そうだ、そういえばそうだった、と理由をみつけて僕は忘れることにした。


 そこへ前田さんも現れる。蓮野内君のはとが豆鉄砲を食ったような顔をしても気にせず、僕は無心でお弁当を食べていた。


「こんなおかずを毎日食べられたら幸せだろうなぁ」


 心の中でつぶやいたはずの、僕の心の声はだだ漏れだった。東海林さんはちょっとびっくりしている。前田さんは「ひゅ~ひゅ~、お熱いねぇ」と笑ってた。


 これはヤバイと思った僕は、


「そういえば前田さんから見た蓮野内君って最初の頃どんな感じだったの?」と聞いて話題を無理やり変えようと試みた。前田さんにとっては蓮野内君もオモチャなんだろう。


「あぁ、蓮野内君? 私にも『かえでの好きなものはなんだー?』とか、『誕生日はいつだー?』とか、『好きなタイプはどんな人なんだー?』とか聞いてきたわよ」


 話題に乗ってきてくれた。安心しつつも、へぇ、蓮野内君って割と常識的じゃないか。親友の前田さんから情報を集めようと考えるとは。メモメモ。その作戦は拝借しよう。


「で、どう答えたんです?」と僕は聞く。


 東海林さんは目の前にいるんだから裏で画策とはいえないだろう。非常識と言われて東海林さんに怒られる可能性はあるけどね!


「蓮野内君には楓はモフモフなら何でも好き、誕生日は9月7日のおとめ座、好きなタイプは優しい人って答えたわね」


「ち、ちょっと何言いだすのよ! はな!」

「こういう戦いはできる限り、公平にっていうのが私の信条なので」


 いいぞ、もっとやれ! と心の中で前田さんを応援する僕がいた。


「前田さんはどうなの?」とついでなので僕は聞いてみた。ついでというのは失礼だったと心の中で謝った。


「私はソフトボールが好き、誕生日は1月8日のやぎ座、好きなタイプは好きになった人!」

「なるほど」


 『将を射んとする者はまず馬を射よ』という先人の言葉を僕は思い出していた。前田さんは将かそれとも馬か、未来は神のみぞ知るというわけだ。よくよく考えれば、これもまたかなり失礼なお話だ。ごめんなさいと前田さんに心の中で謝罪する。


「私たちは答えたんだから当然、五十嵐いがらし君も答えてくれるわよね?」


 がしてくれそうにない前田さんを見て僕は諦めた。


「好きなものは本、誕生日は9月28日のてんびん座。好きなタイプは優しい人」と僕は正直に答えた。


「防御力が高いわね。誕生日とてんびん座って情報くらいしか参考になりそうな話ってなさそう」


 前田さんは冷静だ。そして分析しすぎだ。僕の心は丸裸にされていた。ふと思いついた僕は、ついでだし前田さんに聞いてみる。


「それなら蓮野内君の場合はどうだったんです?」


「蓮野内君は、好きなのは楓、誕生日は11月3日のさそり座、好きなタイプは長い黒髪のほがらかな人って言ってたわね。どう? 何か思うところはある?」


 にやにやして前田さんは楽しそうだ。女性陣の情報網は、こんなにも高性能なのかと僕は驚嘆していた。まぁ前田さんだからこそ、という可能性もあるけどね。

 

「東海林さんがほんとに、好みのど真ん中なんですねぇ」と僕は呟く。


「何言ってるのよ。まったく」と、蓮野内君の好みのど真ん中なのがいいのか悪いのか、東海林さんは少し複雑そうな顔をしている。


 そんな会話を僕たちがしているとき蓮野内君は昼休み中、ずっと目をまんまるにして口をパクパクさせてた。蓮野内君はご飯をちゃんと食べれたのかなぁと、そんな感想を僕はもったのだった。

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