第5話 五十嵐 綾香という賢い妹
「お父さんの下着と一緒に私の服を洗わないで!」
と言って怒っている。そんな娘の一言を聞いて父さんは、ちょっとしょんぼりしている。どこの家庭でもよくある風景だ。
けれども、僕は妹をとても頼りにしている。正直、父さんより信頼している。盲腸の時も父さんの意見を聞かず、綾香の意見を採用したのもそういう訳だ。理屈も通ってたしね!
父さんは割と根性論の人だ。いいか悪いかでいうとよく分からない。根性が必要な時もあるし、今の時代じゃ流行らないって言われると確かにそうだとも思うからだ。
けれども、やはり僕も父さんの子という話だ。根性論は僕は嫌いではない。むしろ大好きだ。よって父さんと話をすれば割と分かり合える。
「男には負け戦だとしても、挑まなくてはならない時がある! そうだよな?
僕は膝を打って答える。
「ごもっとも!」
僕はこの話が大好きで、父さんもこのやり取りが大好きだ。まぁ、そんな父子である。当然、妹の綾香はちょっと僕たち父子を遠巻きに眺めて、母さんについて歩くようになった。自然な流れだと僕は思う。
過去の英雄たちがいかにこの状況に挑み戦ってきたか? いつも夢想している僕は、父さんと実に馬があったのだ。
七日の入院生活を経て、父さんは退院し家に帰ってきた。そしていつも通りの日常が始まった。病院のご飯はまずいと言っていた父さんは、たった七日の入院とは思えないほどに痩せていた。
「母さんのメシは最高だな! がっはっは!」
父さんは一週間ぶりの母さんのご飯を食べてご満悦だ。母さんに胃袋つかまれすぎだよ。お酒も自重したらいいよと、僕はこっそり呟いた。
◇
今日は日曜日、休日である。学校も休み、うちの両親も仕事は休み。家族でお出かけしようとなった。どこにいこうか? となったとき主導権は我が家の女性陣にある。父さんと僕は話の行く末を見守るのみだ。
「なにかおいしいものが食べたい」との妹の綾香の発言に
「私も洗い物は休みたいわね」と母さんは同調した。そうなれば自然と
「じゃぁ、どこかに食べに行くか?」との父さんの声に
「「「うん!」」」
家族みんな即決だった。久しぶりの外食! と僕はウキウキ気分だ。お店の外に置いてあるメニューの看板を見て、なんだかんだ言いながらどれを食べようかと相談だ。
食事はどこのお店でも僕はよかった。外食ならいうことはないのである。母さんと妹の綾香の食べたいと決まったお店になることに、父さんと僕は異論がなかったのだ。
歩き回ってやっとお店が決まった。僕は、このお店探しという名のウォーキングはなかなかきついと思った。ついて行くだけというのは思ったよりも体力を使うらしい。父さんも疲れた様子だ。
そして決まった食事はカニ食い放題のお店だった。価格もリーズナブルかつ、おしゃれなお店だった。それでいて食べ放題。良いチョイスだ! 母さんそして我が妹よ!
僕のお腹はカニと決まった。気持ちはカニまっしぐらである。カニと鍋が用意されここぞとばかりにカニを食べまくる。父さんはお酒も注文してほろ酔い気分だ。
けれども、父さんのお酒の悪い面がでる。飲みすぎてしまうのだ。楽しいお酒なので基本的には問題ない。
ないんだけどこれが原因で盲腸になったんじゃないか? 暴飲暴食を何とか止めなければ、また体を壊して別の病気で入院してしまうんじゃないか? という疑いと解決のための話し合いが、父さんが入院している間に、父さん抜きの家族会議で持ち上がっていた。
「なんとかお酒をやめさせたいけど、お父さんのお酒って悪いお酒じゃないのよねぇ。陽気だし楽しいし」
母さんは父さんの楽しみを奪うのは忍びなさそうだった。けれども綾香は
「お父さんのお酒は病気の原因になる。あれは飲みすぎよ!」
「そうはいっても、あの酒好きの父さんがお酒をやめると思うのか?」と僕は当たり前の疑問を呈す。
「やめさせるのよ。なんとしてでも!」
妹の綾香はやる気満々だ。なんだかんだ言って綾香も父さんが好きなんだな、と思って僕は内心喜んでいた。
◇
お酒を頼んで飲みすぎる父さんを、母さんは困った顔して見ていた。綾香はそんな父さんに、
「お酒は減らしなさいって病院の先生が言ってたよ?」
浮かれてお酒を飲んでいた父さんに、ド正論を撃ち放った。
「そうよ、あなた。気を付けてくださいね」
母さんは父さんを心配するけどやっぱり甘い。綾香はぷくーっと頬を膨らませ
「また、お父さんが入院するのは嫌なんだもん……」
と涙声で言葉を詰まらせ小さく呟いた。
「お父さんの下着と一緒に私の服を洗わないで!」と言い続けていた綾香からのまさかの発言だ。これを聞いた父さんに嬉しさを隠せという方が無理だろう。
「あぁ。そうか、そうだな。綾香は父さんの入院が嫌なんだな」
にやにやした顔をやめられず、父さんはそれ以上お酒を飲むのをやめた。我が妹よ! よくぞ父さんのお酒を止めてくれた! 僕は兄であることを誇りに思うとか思っていた。
「綾香は純真な子だ。俺にとっての天使だ!」
父さんはお酒もいつもに比べれば全然飲んでないのに、雰囲気だけで酔っぱらって騒いでいた。あの一言でこの父、この状態である。可愛い娘の一言って大きいね。なんて思っていた。
そして家族で気分よく家に帰ってきた。明日に備えて酔いがさめた父さんは、お風呂に入るため部屋からいなくなった。だから僕は
「父さん上機嫌だったな。よく父さんのお酒を止めてくれた。僕も心配だったからなぁ」と綾香に言った。
「無理やり止めても、お父さんのお酒好きは止まらないでしょ。ちょっと考えたのよ」
「えっ? どういうこと?」
何をいきなり言い出してるの。この子ってば!?
「心配していることをアピールすれば、自分で考えてダメだって言われてることは勝手にやめてくれるのよ」
「まじで? えっ? じゃぁ、さっきの会話は計算ずく?」
「そうよ。丸く収まったしね」
あの今にも泣きそうな声で呟いてた言葉がすべて演技だった、とそう言うのか妹よ!?
「綾香、恐ろしい子!」
「でも、お父さんの体調が心配なのは本当だから……」
なんてぽつりと呟いた。父さん泣いて喜ぶぞ! 妹よ! 父さん、あなたの娘は親想いのいい子に育ってますよ! 我が妹ながらすんごい破壊力だって思った。
母さんはそんな僕たちを見つつも、にこにこ笑いながら
「お父さんがお酒やめてくれてよかったわ~」
と言ってのほほんとしている。そんな母さんをみて僕は何も言えなかったのだった。
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