第4話 五十嵐 琢磨の父と小さな不安
昨日の夜中だったろうか。ガタイの良い父さんがお腹が痛いといいだし、細身の母さんが心配した。
「あんまり痛みが続くようなら救急車も考えないとだね」と妹は呟いた。
一番落ち着いていたのは妹で、一番取り乱していたのは母さんだった。一時間しても痛みが引かないという。
「どこが痛いの?」
「右下腹あたりだ」
「盲腸って父さんなったことある?」
「ない」
頬を手をあてて考えていた妹が
「救急車を呼ぼう」
「たかが、腹痛で救急車なんて大げさな」
妹の提案に、たいしたことないからという父さんだったが、僕は妹に同意する。
「お腹の痛みが長く続くのはやっぱりおかしいし、痛む場所もドンピシャだから救急車を呼ぶよ」
「だがしかし」という父さんの意見は無視して、僕は救急車を呼んだ。
そして病院に運ばれ緊急入院が決まった。
「盲腸ですね。手術しましょう。いつからお腹痛かったんです? 我慢しすぎです。盲腸だって放置してたら死んじゃうんですよ?」
父さんはお医者さんから厳重注意を受け入院が決まったという訳だ。
◇
手術はうまくいった。7日で退院の予定となった。とりあえず、着るもの、なにか買いたくなったときの現金、父さんの携帯を持って行った。
慌ててたから携帯も何も持って行ってなかった。仕事の連絡もしないといけないから持ってきてくれという訳だ。
お見舞いということでフルーツを買って行った。お見舞いの定番、リンゴを選んだ。
「はい、これ。頼まれた携帯やら着替えやら」
「ん、すまんな」
「やっぱり盲腸だったじゃん。放置してたら死んでたとこだよ? 先生も言ってたじゃん」
ちょっと文句も言いたくなる。
「ほんとに盲腸だったな。今更なぁ」
「病気にとっては年齢なんか関係ないって話だよ。まったく」
「すまんな」
「七日間、せっかくだから休みなよ。休暇だと思ってさ」
「だな。家でないと落ち着かないんだが、そう考えるのもありか」
なんていって、笑ってた。そんな話をしながら僕はリンゴを切り分けた。そして皮をむき、皿にのっけてフォークと共に父さんに手渡した。
「ん、ほんとにすまんな」
「いいって。のんびりしてね。このリンゴを食べれるかどうかは自分でお医者さんか看護師さんに確認してね?」
「あぁ、分かった。聞いてみる」
「あれ、この花って誰が持ってきてくれたの?」
僕が花瓶に入れられた、たくさんの花を見つけたので聞いてみた。
「姉さん、そうだな
「そうなんだ」
「暴飲暴食に気をつけなさいって散々いわれた。まいったよ。お酒は控えているんだがなぁ」
僕から見れば結構なお酒の量を飲んでいるんだけど、さも自重してるように父さんは話してた。自分から見ると、誰しもこうなってしまうものなのかと思った。そういえばなんていいながら
「
「ぼちぼちだね。最近は勉強を必死になってやってるよ」
「本ばっかり読んでた琢磨がか?」
信じられないという顔をして父さんが驚いた。
「息子が努力してるのに何言ってるんだい。ひどい親だねぇ。まったく」
そこに現れたのは父さんのお姉さん、つまり今まさに話題に出ていた伯母さんだ。
「どうも、こんにちは」と僕は挨拶し
「こんにちは。まったくこんな良い息子の言うことを信じないなんて。ひどいわねぇ」
がははって勢いで笑いそうな伯母さんだ。ちょっと圧倒されつつも
「お花、ありがとうございます」
「いいわよ、気にしないで。気は心ってね」
お礼をいうと伯母さんは気さくにそう言った。
「早いとこ、退院してみんなを安心させてあげなさい」と伯母さんはいうけど父さんは
「そうしたいのは山々なんだけどね。医者が退院させてくれないんだよ、姉さん」
「自分の不養生を医者のせいにするのかい? まずは生活を改めなさい」
自分が責められるのに
「ところで、琢磨はなんだって急に勉強頑張りだしたんだ?」
いきなり話題をこっちにふってきた。どう言おうかなと思ったんだけど
「男には負け戦だとしても、挑まなくてはならない時がある。そうだよね? 父さん」
「そうだ。その通りだ」
力強く
「負けるつもりはないんだけど、腹立つことがあって勝負することにした」
「勝負って何かあったのか?」と聞いてきた。
「テストの合計点で勝負」
「なるほど、そういう訳か。面白いな、頑張れ。そういうことなら徹底的に勉強しろ。負けるなよ?」
僕は父さんに頷いて
「じゃぁ、勉強もあるから今日は帰るよ」
「ん、またな」
「またね、父さん。では失礼します、伯母さん」
「できた息子さんね~。伯母さんびっくり」
たはは~なんて呟きつつ僕は病室を出た。
で、エスカレーターを使ってのんびり出口を探して歩いていた。あれは……見知った後姿を見かけて近づいてみると、やっぱり東海林さんだった。
「こんにちはー、東海林さんどうしたの? こんなところで?」
僕はきょろきょろを周りを見渡す。内科と血液内科の受付のある階だった。すると
「そういう五十嵐君こそどうしたの?」
「僕はお見舞い。父さんが盲腸で入院したから、その着替えとかね。色々」と話すと
「私もお見舞いなの! 親戚の叔父さんの」と笑った。
「そうなんだ」と僕は笑顔で応じる。
東海林さんの笑顔に一瞬、影がさしたような気がしたんだけど、東海林さんはニコニコと笑っている。心に残るのはもやもや感だ。
「じゃぁ、私、もう行くね。叔父さんに頼まれてることあるから!」
と言い残し東海林さんは元気に走り出す。
「病院は走っちゃだめだよ」と言う間もなく見えなくなってしまった。
もう今日は父さんのお見舞いで時間をかなり使ってしまっている。小さな不安を振り切るように歩き出す。蓮野内君に負けないために、東海林さんと気兼ねなく話をするために、勉強を頑張ろうと思う僕だった。
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