第3話 空気の読めない男 蓮野内 幸也

 調子に乗るなよ? と蓮野内はすのうち君は言った。なんのこっちゃいなと僕は思った。


「何か蓮野内君の気にさわるようなことを言ったかな?」


 僕は首をかしげながら問いかける。全く心当たりがなかったからだ。ここ数日、蓮野内君と特に会話をした記憶はない。ここ数日どころか1年生の時からも2年生に進級してからも、話したことなんてあったんだろうか? 何しちゃったんだろうか? 


 これは蓮野内君に何か勘違いをされているようだと僕は思った


「えーと、まずは話し合おうよ。きっと話せばわかる話だよ」


 僕は君と話した記憶がないんだからさ、と内心こっそり呟く。


東海林しょうじさんに気安く話かけるなと言っている」

「なんでそうなるの?」

「可憐でうるわしい東海林さんは君みたいな奴じゃなく蓮野内グループの御曹司である俺と話すべきだと言っているんだ」


 ほうほう。にやりとする僕がいた。この発言をよくよく考えると、蓮野内君は東海林さんに惚れているという話になりそうだ。


 前田さんの顔を思わずみると、ぷぷぷと顔がにやついている。これは十中八九、間違いない。僕もこの蓮野内君を応援しようかと思った。ところがだ。


「こんな本の虫に何ができるというんだ。本なんてどうせたいしたこと書いてないだろう? フハハハ、俺の頭の中にある発想の方がよっぽど重要だ」


 この発言にカチンときた僕は


「その言い方はないんじゃない? 過去の偉人たちに失礼だ」


 後先考えず言ってしまった。あちゃ~と前田さんのため息が、あわわ~と東海林さんの声も聞こえたけどもう遅い。にやりと笑った蓮野内君は


「ならば勝負だ! 2ヶ月後の中間テスト主要六科目の総合点で負けたら東海林さんから手を引くこと。いいな、逃げるなよ」

 

 本をバカにされた僕はまんまと蓮野内君の挑発にのり

「やってやろうじゃございませんか!」

 と僕は蓮野内君に威勢よく啖呵たんかをきっていた。



 とまぁ、なんかよくわからない気合を入れてたのが2時間前だ。冷静になった僕は青ざめていた。


「なんでこんなことになったんでしょうね?」


 ため息をついて、ひとりつぶやく僕。東海林さんは


啖呵たんかきっちゃったね~」

「あんな威勢の良い啖呵なかなか聞けないよね~」とは前田さん頷いた。

「まぁ、中間テストは頑張りなよ。試験負けたって別に話せばいいじゃん。モテる女はつらいね~。たはは~」


 東海林さんは全然気にしてなかった。まぁそんなもんか。


「でもあっさり負けたら、それはそれでなんか腹が立つんですよね」


 にっこり微笑んだ東海林さんと前田さんは


「「まぁ、頑張れ!」」


 他人事のように声をそろえて笑ってた。まぁ、ほんとに他人事なんだろうけどね。


 でも勝負事は簡単に負けては腹が立つ。僕はほんとに本の虫だからそこはいい。いいんだけども、本を、過去の偉人たちをバカにした。ここは絶対に譲れないポイントだ。許さん。


 そこで絶対勝つと決意した僕は勉強の計画をたてることにした。まずは試験科目の確認をした。英語、国語、数学、理科、日本史、世界史の六科目だ。ノリはゲームだ。勉強時間を設定する。


 まず英語を60%、国語と数学、理科を10%、日本史と世界史を5%と設定する。すると合計100%となる。2日間はこの通り勉強する。


 その次の2日間は国語を60%数学理科日本史を10%、世界史英語を5%の配分でする。そうやって右にどんどん割合をずらしていく。1日の勉強量は山型になるように注意する。


 5%なんて何するんだって思うだろうけど、基本は授業で勉強したところを眺めるつもりだ。完全に忘れなければいい。要は授業の復習にあてる。


 そして勉強した範囲の問題集を解く。解いた問題には日付を付けて復習を1日後、1週間後、そして1ヶ月後という間隔で1ヶ月後には計4回解きなおす。そして直前に間違えた問題を集中的に復習するという計画をたてた。


 あとは、やるかやらないかだけだ。1か月前になったら2日間でぐるぐる回していた六科目を1日間隔で回していく。問題を解く間隔だけは絶対守る。


 2ヶ月後なら計画なんてこれくらいでいいだろう。綿密に計画立てても、やった気分になるだけしこれで充分だ。と、僕は僕なりの計画という名の作戦を立てた。


 題して、『蓮野内君をぶっ飛ばせ作戦』である。


 やる気は満々だ。本をバカにするやつは許さん。過去の偉人たちをバカにした蓮野内君は絶対許さん。勉強する動機は、僕にはこれで充分だ。モチベーションも2ヶ月くらいならもつだろう。たぶん。


 ◇


 そんなわけで僕は黙々とひたすら六科目を毎日毎日勉強し、問題を解き、復習し、時間がない時にはひたすら問題集だけ解いていった。


 そんな日々を送っていると東海林さんが

「君、ほんとに頑張るね」と感心した声をだして僕に話しかけてきた。


「そりゃね、本をバカにした蓮野内君は許さん。ここは絶対に譲れない」

「頑固だね」

「過去の偉人たちの英知を甘く見るなっていうんだ」

「ひゅ~、怖い怖い。五十嵐いがらし君も怒るんだね?」

「そりゃ人間ですから、僕だって怒りますよ?」


 一人で勝手にヒートアップしていく僕を、東海林さんはあきれ顔でみている。


「達観してるから『まぁまぁ、蓮野内さんや』って感じでうまいこと言いくるめるか、知らんぷりしてるかと思ったんだけど。本気で蓮野内君と戦う気なんだね」

伊達だてに、本の虫してる訳でもないしね」

「執念だね~、ほんとに意外よ、意外だわ~」


 けらけら笑う東海林さんを見て、元々の原因はぜ~~んぶ東海林さんだからね? と心の中で僕は呟くのだった。

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