超絶命的効果

梅緒連寸

⬜︎

働かざるものは食うべからずっていうか、もっとシンプルな話だ。働かなきゃ食えない。

シンプルな事ほど難しいっていうだろ。

俺はまさにそれだった。難しかった。

金が手の中に残るような働きが出来なかった。

俺の部屋にあるのは一円の金にもならない写真とネガの山。ずっと干しっぱなしのYシャツ。片隅で梅の種がカリカリに乾いた弁当の容器。

それ以上のものなんてこの部屋にはないけれどあるはずのないものがこの部屋にある。

数日前から感じる自分のものではない息遣い。すれ違うような風。足音まで聞こえ始めたので俺はついに医者にでもかかろうかと思った。金が無いので行かなかったけど。

目に見えないそいつは特に悪さをするでも善行を積むわけでもなく、ただ一日中部屋にいる俺と同じように一日中部屋のどこかにいるようだった。

慣れてきたら怖くはなくなった。

何度か冗談半分で話しかけてもみたけど返事は帰ってこなかった。もしかしたらあちら側はこっちの方に気づいてすらいないのかもしれない。

なんとなくだけどこいつは人間のかたちをしていない気がしていた。

本当にただの勘だ。頭の中で可愛らしい四つ足アニマルの想像までしていた。

仲良くなれたらそれは楽しかった思い出だった。

散々思い知っていたけれど幻想は儚い。

食べていなかったからか風呂に入っていなかったからか運動していなかったからか外の日差しに当たらなさすぎたからか原因はさっぱりわからない。

わからないが引き付けを起こして倒れた。

にっちもさっちもいかずに床に抱きしめられる。このまま死んだってそれはそれでありだろうと思っていた。

息遣いが聞こえた。気配を感じた。視線が刺さった。今までの中で最も鮮烈に。

俺は納得がいった。あいつが部屋の中をうろついていたのは、俺がいつも万年床であいつの定位置を占拠していたからだ。

忘れていた。そういえば布団のしたにある畳のところは入居したころからでかいシミがあった。

確かに人のかたちではなかった。もともとは人だった。

うぞうぞ動く虫の隙間の身体からくぐもった声が聞こえる。

「…大丈夫ですか?」

可愛いらしくないこともない。男か女かわからんが。

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