第11話 守るべきもの sideラウロス
「ラウロス様……こちら、やっと完成いたしました」
執事のウォルターが恭しくメガネを私の執務机の上へと置いた。アリーゼの割れたメガネの修復が完了したのだ。
「ああ。アリーゼは“ギフト”の持ち主だったんだな」
「ええ。色矯正の加工を施すのに時間がかかってしまいました」
私はウォルターにメガネをアリーゼへと届けるよう命じ、一人となった執務室でポツリと呟いた。
「アリーゼは、私が守る」
ハドソン商会に潜入してもらっているスパイからの報告で、私がアリーゼに興味を持ったのは半年前。最初は雑用として使い捨てされそうになっているかわいそうな女の子に同情し、救ってあげたいと思ったのだ。
それから報告書を読むたび、アリーゼへの興味は深まった。そのうち文字から得る情報では足りなくなり、実際に会って話してみたいと思うようになった。その頃にはいつかバロラール商会で一緒に働きたい、などと考えるようになっていた。
――それなのに。
アリーゼがハドソン商会をクビになったと聞いたのは数時間前。なぜかハドソンの金を横領したことにされ、暴力をふるわれ、そのまま商会を追い出されたのだ。話を聞いただけで
――近い将来、私が自らアリーゼを迎えに行こうと思っていたのに……。
私がもっと早く迎えに行けていれば、今回のような事件は起こらなかったのだ。すべては私がぐずぐずしていたせいに他ならない。
アリーゼがハドソンを無理矢理追い出されたと聞いて私が自分への怒りと後悔に苦しんでいる間、有能すぎる執事のウォルターは迅速に準備を終わらせて一つのバスケットを私に持たせた。
「ラウロス様、私はバロラールの店舗へ行って一旦店じまいをしてきます。あなたはこれを持ってアリーゼ嬢を迎えに行き、店までエスコートしてきてください」
ウォルターに押し付けられるように渡されたバスケットの中を確認すると、飲み物が入っているらしいポットとそれを注ぐためのカップ、そして薬やガーゼなど、傷の手当てができるセットも一式揃っていた。
「ウォルター……」
「いいですか。誠心誠意尽くしてくるのですよ。アリーゼ嬢は
「わかってるよ。これでも反省しているんだ。傷口を抉らないでくれ……」
「軟弱な。アリーゼ嬢はもっと辛い思いをしたはずです。早く迎えに行ってあげてください」
「そうだな。その通りだ。迎えに行ってくる」
「いってらっしゃいませ。店でお待ちしております」
――その後、公園のベンチに座るアリーゼを見つけて……。
本物のアリーゼと会って話すのは、あんな状況で不謹慎極まりないのだが、とても心が弾んだ。純粋に楽しかった。ハーブティーを飲んでもらって、手当てもして。女性の扱いには慣れていると思っていたが、アリーゼを前にするとなぜかうまくできているか不安になった。
――ああ。メガネが割れているからか。
私はしばらくして、やっとその事実に意識が向いた。アリーゼの世話を焼いて会話のやりとりを楽しむのに夢中で、細かいところまで気を配れていなかったのだ。
――よく見てみるとメガネが割れているせいで瞳がよく見えないし、表情もわかりづらい。もったいないな。しっかり瞳を見て話したい。
私は主に自分の欲望を満たすために、アリーゼへと提案した。
「そのメガネ、直しに行きません?」
――ああ、そういえば先にウォルターが店に向かうと言っていたな。
メガネを直すために向かった店内にウォルターの姿を見つけて一瞬鼻白んだ。ウォルターに完璧な接客を受けて我に返ったが。
アリーゼとの会話を楽しんでいると、店の奥で職人と話していたウォルターが戻ってきて私に耳打ちした。
「アリーゼ嬢のメガネですが、片方のレンズだけ色矯正の加工が施されているようです。偶然にも、それを仕立てたという職人が当店に在籍しておりまして、あれは自分が作ったもので間違いないと言っております」
「何? ということは……」
色矯正の加工をするには特殊な材料が必要になるため、時間と費用がかかる。そこまでして色を矯正するのは、変装のためだったりすることが多い。しかし、
意味深な視線を向けたウォルターは、「直すのには時間がかかります」とだけ囁いた。
「取り急ぎ、機能的に遜色ないものは準備できましたので、こちらを代わりに差し上げてください」
「ウォルター、ありがとう」
即席で代わりのメガネを準備してくれた職人には特別手当を出そう。そう決意しながら私は小さく頷き、アリーゼへと向き合った。
「申し訳ありません。すぐに直すのは難しいみたいです。今日は代わりのものを用意したので、これで許していただけますか?」
頑なに受け取ろうとしないアリーゼに、私は困惑してしまった。これがないと困るだろうに。
「いいから、受け取ってください。もちろん返す必要はないので、いらなければ売り払ってお金に替えてください」
「いえ……! せっかくいただいたものを、売ったりなんてしません」
――うーん、ずっと感じていたが……。
どうやら彼女は贈り物をされたこともなければ、人から受ける好意にも慣れていないらしいことがよくわかった。
――今までエスコートしてきた女性たちと彼女はやはり違うらしい。
付き合いのあった貴族女性たちは、私が望んでもいないのに一方的に押し寄せてきた。無下にするわけにもいかず、紳士の礼儀として付き合った彼女たちは、高価な贈り物を当然のように受け取ってくれた。
贈り物をすると店の売上に貢献できるし、彼女たちがそれを身につけてくれれば宣伝にもなる。彼女たちも大変喜んでいたし、お互いにいいこと尽くしだったのでありがたく利用させてもらっていたが、アリーゼに対しては……。
――私の好意を当然のように受け取って、喜んでほしかっただけなのに。
私は今までの経験がまったく役に立たないことを理解した。アリーゼは明らかに私からの施しを拒否していたから。
――彼女は、どうしたら喜んでくれるのだろう……。
そんなことを考えながらも説得を続けるとやっとアリーゼが折れてくれて、私はなんだかよくわからない安堵感に包まれた。
「これ……。ありがとうございます」
アリーゼは鏡を見て驚き、綺麗な青の瞳を潤ませながら私へと礼を言った。
左右で異なる色の瞳を持つ者は、民間では災いを呼ぶと言われているが、高位貴族の間では神から与えられた“ギフト”を授かった者として知られている。百年に一人現れるかどうかという希少な存在のため、ずっと昔に平民で“ギフト”を授かって生まれた子が貴族間で取り合われ、争いに発展した。それが原因で平民と貴族の間で伝承の仕方に乖離が生まれたのだと聞く。
アリーゼのかけていたメガネは、片方だけ瞳の色を青に見せる加工がしてあったようだ。これは一朝一夕では準備できない。これを
――“ギフト”がアリーゼの優秀さの一助となっているのは間違いないだろうな……。
しかし、いくら潜在能力が高かろうが、彼女が努力して得た知識や経験は彼女自身のものだ。
――いくらでも利用法がある能力だ。これを知られたらどの貴族も彼女を欲しがるに違いない。
だから、この事実を知られたとき、せめてアリーゼが自分で選択できるようにしてあげたい。
――それには、権力が必要だな。……そうだ。どうせ結婚などする気はなかったのだから、私の夫人の座はどうだろうか。嫌がられるかな。
なによりも重要なことは。
――私に守りきれるか……?
できるか? じゃない。やる。
アリーゼは、私が守る。
「ラウロス・ミッドフォードです。よろしく」
私は多少の驚きとともに、アリーゼへと自己紹介をした。その胸の内は、割れたメガネ越しではなく、やっとお互いの目を見て挨拶ができたという喜びに満たされていた。
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