第9話
だけど恵実は、その約束を守れなかった。
パパは仕事が立て込んで休みが取れず、一人でもおじいちゃんの家に行こうとした恵実をママは「受験生でしょ」と止めた。
どうせ恵実だけ行ったら薄情扱いされるのが嫌なだけなのに。
「あっちの方が静かだし勉強ができるよ」と訴えた恵実にママは怒って、勝手に塾の合宿に申し込んだのだ。3年生になってびっしり入った学校の課外。それ以外の自由なたった数日が潰されてしまった。
約束の夏が過ぎて行く。恵実はそれを感じながら、焦るような気持ちになった。どうしようもないことなのに、日が過ぎるたびに毎夜心臓がバクバクと音を立てるのだ。
きっと、八尺様が恋しいからだ。恵実は八尺様が大好きだから、寂しくて悲しくてたまらないのだろう。恋をしているのだ。きっと。
言葉も通じなかったけど、人間じゃなかったけど。八尺様は誰よりも優しくって、かっこよくって、守ってくれた。それから…あとは、たぶん理屈じゃない。
そして夏が終わり、秋。
家に届いたのはおじいちゃんの訃報。
ママも流石にこれを止められるはずもなく、パパも一緒に、恵実はあの村へ行くことになった。
川のそばで足を踏み外したことによる事故だったらしい。
おじいちゃんもおばあちゃんも、遺影は還暦の時に撮った写真を使っていて、大体十年くらい前のもの。
お葬式はおじいちゃんの家で行われて、隣の村から出張してきたお坊さんがお経を唱えていた。
おばあちゃんは悲しいというよりは、寂しそうな顔をしていた。
「私たちももう歳だし、いつそうなってもおかしくないと覚悟していたんだけどねぇ。でもなんとなく、私の方が先に行くんだと思っていたから」
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