第5話

「うっそ」


 気が付けばずっとスマホに触ってないな、と思い出して電源を入れたら、大量の通知が溜まっていた。殆どが公式ラインからの通知だったけど、普通に友達からの連絡もあって少し焦る。


 夏休みだからって油断したなぁ。

 ポチポチ人差し指で文字を打つ。まず長い間未読でごめんねと送り、事情を説明。ひと通り終わって安心してたら、『なにそれウケる』という返信が後から後にやってくる。


「はぁ…」


 ため息。そよそよと開けっ放しの窓から吹く風。

 それから、「ぽ」とすっかりお馴染みの声。恵実はそれまで浮かない顔だったのが嘘みたいに笑顔になって、もつれるように立ちながら走って庭に出た。


「八尺様!」

「ぽ ぽ ぽ」

「どうしてここに?…あっそっか、おじいちゃん今川村のおじいちゃんおばあちゃんのところにきゅうり持っていってるんだ」

「ぽ」

「えへへ。ちょうど暑くって八尺様に会いたかったの。あっ、勿論それだけじゃないですよ!八尺様に会えるのはいつでも嬉しい!」

「ぽ」


 よしよしと八尺様が頭を撫でてくれる。最初は握りつぶされそうで怖かった手も、今ではすっかり反対になって、安心する。


「はぁー…」


 さっきとは真逆の意味の、気が抜けたため息。 「ぽ」と気遣ってくれる八尺様に抱きついた。恵実の頭が当たる位置には八尺様のお腹がくる。シャツ越しの体温も、相変わらずひんやりしていて気持ちいい。それに感触。自分のお腹より、八尺様のそれの方が筋肉質で少し硬い。

 そんな八尺様は戸惑いと心配が半分みたいな感じで、恵実はなんだかそれが嬉しかった。


「あーあ。世界中、みーんな八尺様だったらいいのになあ」

「ぽ ぽ ぽ」

「友達は嫌いじゃないけど、ラインとかメールは好きじゃないの。電話ならまだわかるけど、直接話せばいいじゃん、みたいな」

「ぽ ぽ ぽ ぽ」

「でも多分、八尺様ならそう思わないんですよぉ。むしろ、多分嬉しいと思う。話したいことが正確にわかるし、返信だって楽しいんだろうな…」

「ぽ ぽ ぽ」

「うん…。今はめんどくさいし鬱陶しい。こんなのなければいいのにね」


 ラインが原因の仲違いとかはよく聞く話だ。中学校の時には隣のクラスでグループラインから発展したいじめが問題になっていた。

 そんなことがあったから、恵実はあまりスマホというか、そういう連絡手段が好きじゃない。


「はぁ…」ともう一度ため息。

すると、のそりと八尺様の手が近付いてきて、恵実の手からスマホを奪った。

「え?」と恵実が八尺様を見上げると、下の方、恵実の方を向いた八尺様の口元が見えた。大きな口が、ニィと歪む。八尺様の顔の一部を、恵実はこの時はじめて見た。


 ギィ、バキ、とスマホが割れる。

 見惚れていた、というのだろう。 恵実が八尺様の口元に意識を持っていかれている間に、スマホが八尺様の手の中でぐしゃぐしゃになっていた。


「あーっ!」

「ぽ ぽぽ」


  つい声を上げると、八尺様が焦る。

 恵実は潰されたスマホと八尺様の顔を行ったり来たり見た。どうしよう、という気持ちが大きい。きっとママに怒られる。やっぱり高いものだし、データとかあるし、あとたまにママから電話かかってくる…。


 けど。

 もう一度八尺様の顔を見る。オロオロとしているのが、口元だけでもよくわかった。

 でも、スカッとしたのも本当だ。


「…もう、八尺様」

「ぽ ぽ ぽ」

「かがんで!」


 恵実がそういうと、八尺様が言う通り屈んでくれる。だけど遠い。恵実が「もっと!」と言って、ようやく。それでもちょっと高いだろうか。

 恵実は一度「うん」と頷いてから、ジャンプして、八尺様の首元に抱きついた。


「ありがとう、八尺様。大好き!」

「ぽ」


 恵実が落ちないようにと背中に八尺様の大きな手が添えられる。恵実は「えへへ」と嬉しそうにしながら、八尺様に抱きつく力をぎゅっと強めた。


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