第11話:パソコンが壊れました。

 ある朝のこと。

 少しだけ作業をしようと久しぶりにパソコンを立ち上げて電源ボタンを押したときのことだった。


「あ、あれ?」


 カチ、カチ、と時間を置いて何度か押してみたが――


「え、えぇー……なんで……!?」


 画面は黒一色のまま、動く気配はまるでなかった。


「壊……れた……?」

「あー、ついに逝ったか」

「朱莉……」


 いつの間にかリビングに来ていたらしい朱莉は私の肩越しに画面を覗き込むと、何でもないような口調で言った。


「だいぶ長かったしね、このパソコン。大学に入学した頃から使ってたでしょ」

「だからってこんな突然壊れなくても……っ」

「いやいや」朱莉は手を横に振る。「起動するたびにカタカタいってたし、『そろそろ危ないから買い替えなよ』って何度も言ってたじゃん」


 そういえばそんなこと言ってたような気がする……。

 パソコンが壊れた話はときどき聞くけれど、当事者になったことはなかったからどこか別の世界のことのように聞き流していた。


「ど、どうしよう……。修理とか出したほうがいいのかな……」

「んー、それもいいけど、どうしても復旧したいデータとか入ってないなら思い切って買い替えてもいいんじゃない? 修理って言っても安くはないだろうし、どうせそのうち他のどこかがまた壊れるよ、きっと」

「じゃあそうしようかな……。よくわかんないし」

「うんうん。そうしなよ。なんなら、今から買いに行く?」

「今日は休みだし、予定もないし……そうしよっか。どうせ必要なものだしね」



◇◆◇



「――で、どんなのが欲しいの?」

「そうだなー……どんなのが欲しいって言われたら困るけど、たまに調べものしたり、ちょっと動画見たり出来ればいいかな? あとSNSとか。あんまり使わないし」

「そのくらいなら何でもよさそうだね」

「あ、でも画面は大きい方がいいかも。その方が見やすいよね?」

「えー……私が言うことでもないけどさ、出来ればあんまり大きくない方がいいな」

「なんで?」


 言い辛そうに朱莉は口を噤んだ。

 けれど私が首を傾げたままなのを見て、しぶしぶと言った様子で話し出す。


「だって大きいと持ち運びに不便でしょ? 今みたいにリビングに出てきてくれるならいいけど、部屋に籠りっ切りになっちゃったらなんか寂しいし」

「そ、そう……」


 なんとなく気恥ずかしくなり、顔を逸らした。

 私は朱莉のことを好きというわけではないが、こういう形で不意に好意を示されると……なんというか、調子が狂う。

 まあ、別に悪い気はしないんだけどさ。


「それなら……そうしようかな。今も小さいし、別にそれで困ってないし」


 陳列されたパソコンに視線を向けながらぼそぼそと言う。

 朱莉がどんな顔をしているかわからないが、私と似たようなトーンで「あ、ありがと」と言っているところから予想するに、きっと赤くなってると思う。

 きっと私も同じような顔になってるだろうけど。


「え、えっと、これなんかどうかな? スペックそこそこいいわりに高くないし、小枝の使い方ならきっと長く使えるよ!」


 気まずくなった状況を払拭するように、朱莉が少し不自然に大きな声で言った。

 私も「そ、そうだね! じゃあこれにしようかな!」とその言葉に乗っかり、店員さんを呼んで購入したい旨を伝えてレジへ行き、購入。

 そして帰路に就いた。


 ちなみに朱莉はちゃっかりと値切ってくれ、ネットの最安値にかなり近い値段で購入することが出来た。

 こういうところは意外としっかりしてて、非常に助かる。



◇◆◇



 家に帰った私は早速パソコンを起動し、朱莉にわからないところを聞きつつ設定を終えた。

 そして『さあ、予定の作業するか』とUSBメモリを差し込み、目的のファイルを起動しようとしたところ――


「あれ? 開かない?」


 なぜ? 何度かクリックしてみたが、そのたびに『どのアプリで開きますか?』と出てしまい、勝手に開いてくれない。

 いつも勝手に開いてくれるし、どれを選べばいいかなんてさっぱりわからない。

 そのうち私がカチカチやっているのに気が付いたらしい朱莉がやってきて、ひょっこりと肩越しに画面を覗き込んだ。


「んー? ……あ、小枝、もしかしてこれ動かしたいの?」

「うん。どれ選べばいいの?」


 すると朱莉は渋面を作った。


「これは……多分、このパソコンじゃ無理かな。対応するソフト入ってないと思う」

「えー……」


 そんな落とし穴があったなんて。

 愕然としていると、朱莉が落ち込んだように肩を落とした。


「ごめんね、私がちゃんと訊かなかったから……」

「う、ううん! 朱莉は悪くないよ。言わなかった私が悪いんだし。そのソフト買えば動くんでしょ?」

「まあ、それはそうだけど」

「じゃあ大丈夫! 何も問題なし!」

「そう……?」

「うん!」


 念を押すように言うと、朱莉は申し訳なさそうにしつつも顔を上げてくれた。

 わざわざ休みの日に付き合ってくれたのに、私のせいで落ち込ませちゃいけないよね。

 内心ほっとするも、目の前の作業は片付かない。


 どうしようか、と密かに考えていると、「あ」と朱莉が何か思いついたらしく声をあげた。


「そうだ。私のパソコンならきっと動くよ、それ」

「え、本当?」

「うん、私はあんまり動かしたことないけど、確かソフト入ってたはず」

「じゃあ……ちょっとだけ借りてもいい? 出来れば早めに片づけちゃいたいんだよね」

「うん。コンプライアンスとか大丈夫ならだけど」

「あ、そういうのは平気。ちょっとだけ仕事だけど半分以上趣味みたいなやつだから」


 結局、朱莉のパソコンで予定の作業は終えることが出来た。

 初めからこうすればよかったと思わないでもないけど、毎回借りるわけにもいかないし、いずれ必要だったよね。


 それにせっかく新しいパソコンを買ったからということで、今度朱莉がときどきやっているゲームを教えてくれるらしい。

 前のだと無理だから誘わなかったけれど、今のなら動くそうだ。

 ゲームなんてずっと最近やってないから楽しみだ。

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