第12話:バレンタインデーにキャラメルを贈る意味。
「小枝ー、そろそろバレンタインデーだけど今年は誰かにあげるの?」
土曜の夜、リビングでスマホを弄りながらソファでくつろいでいると、朱莉が話しかけてきた。
「あー……バレンタイン……。一応、日ごろお世話になってる人たちにはあげとこう……かなぁ……」
「もしかして忘れてた?」
「いや、そういうことじゃないけど、面倒だなぁって。どうせ義理だってわかってるのに配らなきゃいけないようなこの風潮、なくなればいいのに。向こうだってお返しとか面倒でしょ」
「だよね。もらって嬉しいものなのかな、そういうのって。まあ、幸いうちの会社はそういうのあんまりしないような空気だから、私は配るつもりないけど」
「えー。いいなぁ」
私のわりと本気のぼやきに朱莉は苦笑いしてから言った。
「会社の人にはあげないけど、小枝にはあげるからね」
「いいよ別に……――って言ったらダメなやつだよね」
「うん、ダメ。絶対美味しいの作るから、楽しみにしてて」
朱莉はそう言って楽し気にニッと笑ったので、「じゃあほどほどに期待しとく」と返しておいた。
私は作ることはさすがにしないけど……せめてちょっといい感じのチョコでも買ってこようかな。
◇◆◇
――翌、日曜。
少し遅めに起床すると、既に朱莉は起きていて、それどころかもう家を出るところだった。
「おー。おはよ、小枝」
「おはよ、朱莉。もう出かけるの?」
「材料買わなきゃだし。作る時間も考えたら早めに出ないと……。じゃあ、いってくるね」
玄関戸を開けながらこちらを一瞬振り向いた朱莉に、手を振って送りだそうとしたとき
「ああ、うん、いってらっしゃ――って朱莉、ちょっと待って」
一瞬違和感を抱き、引き留めた。
「ん? なに?」
立ち止まった朱莉の顔をじっと見る。
うーん……。
「……ちょっと顔色おかしくない? 大丈夫?」
ほんの少しだけど、表情に力がないような気がする。
でも確証を持てるほどじゃないし、気のせいかもしれない。
そう思って問いかけたのだが――
「気のせいじゃない?」
あっさりと言われてしまう。
今見る限りでは、いつもの朱莉のように見える。
やっぱり気のせい……だったのかなぁ。
「そう? ごめんね、引き留めて。いってらっしゃい」
「うん、いってきます」
杞憂だといいけど。
まあいい大人だし、体調が悪かったら自分で判断して休むでしょ、きっと。
朱莉を見送った私は、自分もさっと出かける準備を整え、買い物をすべく家をでた。
◇◆◇
なんとなく嫌な予感が拭えず、買い物をなるべく早めに切り上げ、家へと戻った。
朱莉はまだ帰っていなかった。
そわそわしながらしばらく待っていると、やがてガチャリと玄関の鍵を開ける音が聞こえた。
急いで出迎えに向かう。
「おかえり――って、ちょっと! ふらふらじゃん!」
どうやら悪い予感が的中したらしい。
朱莉は歩くのもやっとという様子の足取りで、部屋に入ってきた。
慌てて身体を支える。
「大丈夫!? ――ってすごい熱! やっぱり朝から体調悪かったんでしょ!? ダメじゃない、こんな状態で外出たら!」
少し触れてわかるほどに、朱莉の体温は高かった。
息も荒く、なぜ朝に止めなかったんだろうという後悔が滲む。
「でも……今日作らないと時間が……」
「それどころじゃないでしょ! まったく……。ほら、肩貸すから。歩ける?」
「けど……」
「『けど』じゃない! ほら、行くよ!」
朱莉はまだ何か言いたげだったが、さすがに断念したのか、大人しく頷いて私の肩に寄りかかった。
そのまま朱莉の部屋まで運び、ベッドへと寝かせる。
「ごめんね、『作る』って言ったのに……」
「ううん。いいよ、そんなの。もちろん気持ちは嬉しいけどさ、無理してまで作ってもらっても嬉しくない」
「……だよね」
「うんうん、だから気にしないでゆっくり休みな。この間は私が面倒かけたから、今日はばっちりお世話したげる」
「……ありがと」
やっぱり無理をしていたのだろう。
朱莉は力尽きるように眠りについた。
◇◆◇
――ガチャ。
「あ、起きた? 大丈夫?」
数時間ほど経った頃、朱莉が部屋から出てきた。
朱莉の元へと駆け寄り、額に手を当てる。
「……まだ、少し熱いかな? でもさっきよりだいぶ下がった気がする」
「うん、だいぶ楽になった」
その言葉に嘘はないようで、だいぶいつもの顔色に戻ってきている。
「よかった。じゃあ、そこに掛けて少し待ってて。何か作るからさ」
「ありがと」
促した通り、朱莉は素直にソファへ座る。
すると目の前の机の上にあるものを見て、「あれ? これなに?」と指差した。
「朱莉が寝てる間に作ったの。家にあった材料で作ったから、簡単なものだけど。一応、私からバレンタインの贈り物ってことで」
「え? 小枝の手作り?」
朱莉は目を見張り、一つ手に取った。
小さく切られたクッキングシートに包まれたそれを開き、呟く。
「生キャラメル?」
「当たり」
「ねぇ、食べていい?」
「どうぞ」
急いで帰ってきたため、チョコを選ぶ時間もなかったし、もちろん何か作れるような材料なんて買う時間はなかった。
けれど何もないというのもなんだかなぁということで、思いついたのが生キャラメルだ。
これなら牛乳と砂糖とバターさえあれば作ることが出来るから。
ぱくりと口に入れた朱莉はすぐに幸せそうに目を細めた。
「美味しい……」
「よかった。最近作ってなかったから、ちょっと不安だったんだよね」
「とか言って、味見はちゃんとしたんでしょ?」
「そりゃあ、ね。人様にあげるものですから」
照れくささに頬を掻きながらへへっと笑うと、朱莉も笑みを返し、もう一粒口へ入れた。
そしてゆっくりと味わって食べた後、なぜか申し訳なさそうな顔をした。
「なんかごめんね、本当は私があげる予定だったのに」
そう言って、朱莉はしゅんとした。
私は呆れ顔を作る。
「また言ってる。それはもういいって言ったでしょ? それに一緒に暮らしてるんだし、どうしても納得がいかないんだったら治ってから作ってくれたらいいの」
「でも……」
それでも何か言いたげな朱莉を制し、私は言った。
「無理して体調崩してさ、そのせいでもし入院とかになったらどうするの? そっちの方がずっと困る」
「それはそうだろうけどさ」
「それでも納得いかないなら、バレンタインデーにキャラメルを贈る意味、調べてみて。それが私からのメッセージだから」
私がそう言うと朱莉はすぐにスマホを取り出した。
そして少しして、くすりと笑った。
「わかった?」
「うん。ありがとね、小枝」
「どういたしまして、朱莉」
やっと力を抜いたらしい朱莉を置いて、朱莉のご飯を作るべくキッチンへと向かう。
バレンタインデーにキャラメルを贈る意味。
それは――『一緒にいると安心する』。
だから早くよくなってよね、朱莉。
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