第五話 学院案内ですわよ、お嬢様!
「困りましたわね」
入学式が終わった後、私は大講堂の外でそう呟いた。
起こるはずのイベントが、起こらないのである。
本来なら入学式の終了後、イリアス王子がエリンのところにやってくるはずなのだ。
そして二人が簡単な会話を交わしているところに、公爵家令息トビアス公子がやってきて、エリンを口説きはじめる……という流れになるはずだった。
トビアス公子は、外面こそ遊び人風のチャラ男だが実は切れ者の野心家で、イリアス王子に強い対抗心を抱いているという設定だ。トビアス公子がエリンに声をかけるのは、イリアス王子が関心を持っている女を横からかっさらってやろう、という魂胆なのだ。
イリアスとトビアス——二人の貴公子がエリンを巡って静かに火花を散らすこのイベントは、原作ファンの間ではとても人気がある。
の・だ・け・ど!
起こりません。何も。
なぜかと言えば、理由は単純。
イリアス王子は入学式が終わると同時に医務室に搬送され、絶賛治療中。エリンに話しかけにくる余裕はないのだ。この世界には魔法があるから、治療はすぐ終わるだろうけど、衆人環視の下で醜態をさらした王子が、すぐ
いやー、困った困った。いきなり計画崩壊だ。わっはっは!
「……あのー、ヘルミーナさん?」
困っている私のすぐ後ろから、おずおずと声をかけてくる者があった。
「あら。入学式は終わったのだから、早く巣穴に帰りなさいな。えーっと……なんだっけ? 庶民?」
「エリンです」
エリンは私のブレザーの裾を掴み、辺りをキョロキョロ見回していた。
「ヘルミーナさん、あたしたちって、もしかして避けられてません?」
「バカおっしゃい!」
私はエリンの脳天を扇子で一閃し、周囲に目を向ける。
「田舎くさいイモ女ならいざしらず、このデルモンテ侯爵家の金のバラ、ヘルミーナ・デルモンテを避ける者など——」
……いっぱいいたわ、避ける者。
入学式を終えた後の大講堂前は人でごった返していたが、私たちの半径十メートル以内は、見えない川でも流れているみたいに人がいない。
私と目が合ったモブは、もれなくそそくさと視線を外し、どこかに走り去ってしまう。その中には、原作でヘルミーナの取り巻きをやっている下級貴族の令嬢もいた。
うん、ガッツリ避けられてとる。近寄ってはいけない人間扱いだ。
さすがに初日から騒ぎを起こすのはまずかったか? カーフキック二連発はやり過ぎたか……とちょっと後悔したが、私は過去を振り返らない女。なるようになれである。
面倒なことに、すでに別の問題も連鎖的に発生していた。
原作通りならこの後、エリンはトビアス公子に連れられて学院の施設を見て回ることになっているのだが、それも起こらなくなってしまったのだ。
となれば、仕方あるまい。私が代役を買って出るまでだ。
「庶民! 私が学院を案内して差し上げますわ! ついてきなさい!」
そんなわけで、私はエリンを引き連れて学内を巡回することにした。
以下、そのとき状況をお届けする。
バーン!
「ここが食堂ですわ! 食事には能力を高める効果がありますの! 序盤は焼き魚定食を連打して体力をアップするのが定石でしてよ!」
「わーい、おさかなだいすきです!」
バーン!
「運動場! 序盤は走り込みで体力を上げること! 二年生からはバトルイベントに備えて剣術も鍛えてまいりましょう!」
「走るの得意です!」
バーン!
「美術室!」
バーン!
「そして音楽室! 芸術のパラメータが高めると、一部の殿方と会話が弾みやすくなりますわ! でも序盤は無視して結構でしてよ!」
「歌は大好きです! ららら〜らら〜♪」
バーン!
「そして、ここが医務室ですわ! うっかりステータス異常になったらここに来ること! 毒、風邪、性病などほとんどの異常を治せますの! 呪いだけは解除できないので、呪われたら礼拝堂に行ってくださいませ!」
「あ、イリアス殿下だ。お怪我は大丈夫ですか?」
バーン!
「ついでに院長室! あそこに座っている不自然な髪型のイケオジが、この学院の院長ですわ!」
「な、なんだねきみたは! 誰に断ってここに——」
「ちなみに! この髪の毛は着脱式でございますわ!」
「なにをする! やめたまえ! 放せ!」
「往生際が悪いですわよこのハゲ! パイルダアァァー! オーーーーフ!」
「あああああッ! 見られてしまった……! わしはもう終わりだ……」
「院長先生! あたしはカツラがないほうがステキだと思います」
「ほ、本当かね!?」
「ワイルドでカッコいいです!」
「オーーーーーホッホッホ! インタビューで開発者が『院長のキャラデザはショーン・コネリーを参考にした』と言っていましたわ!」
「う……うむ。きみの方は何を言っているのか分からんが……。好意的な評価だと受け取っておこう……」
以上、私の学院案内は無事に終了。
ちょっと張り切り過ぎて、後々のイベントのネタバレまでしてしまったが、エリンは楽しそうだったし、院長の好感度が10も上がったのでヨシ!
そんなこんなで、やるべきことを済ませた私たちは学院をあとにした。
校門の脇に停まっていた馬車を見せると、エリンが「こんな立派な馬車、はじめて見ました!」と言うので、調子に乗った私は彼女を同乗させ、家まで送ってやることにした。
「ヘルミーナさんって、学院のことに詳しいんですね、あたしとおなじ新入生なのにすごい! あ、セバスさん。次の角を右に曲がってください」
「オーーーーーホッホッホ! モチのロンですわ! 事前調査は貴族のたしなみでしてよ!」
と馬車の中で歓談を続ける私たちなのだが、一つ気になることがある。
なぜかエリンの指示する方向が、私の屋敷と同じなのだ。
「あ! あそこです。あのお城みたいな建物の前で停めてください」
馬車が停まったのは、バブル期に建てられたラブホみてーな建物——つまり私の屋敷の前だった。
エリンは私とセバスに丁寧に御礼を言って馬車から下りると、我が家の塀の影に隠れた小さな家に入っていった。
「お隣さんだったのか……」
我が家がエリンの家の日照権をバチクソに侵害している光景を眺めながら、私はそうと呟いた。
悪女はお金で愛を買う! 怪奇!殺人猫太郎 @tateki_m
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