第四話 王子様ですわよ、お嬢様!

「何をしているッ!」

 鋭い声とともに姿を現したのは、金髪碧眼の美青年だった。

 長身の体躯を制服で包み、私たちに向けてビシッと人差し指を向ける姿は、まさに凜々しい貴公子だ。

 突然現れた貴公子に、エリンは目を白黒させた。

 さて、ここはチュートリアル役たる私の出番である。

「オーーーーーホッホッホッホ! この高貴なる御方がどなかた、無知な庶民はご存じないようですわねー!?」

 私はエリンの腕をむんずと掴み、貴公子の側まで引きずっていくと、両手を伸ばしてビシッと彼を指した。

「こちらにおわす御方こそ、この王国の第一王子、イリアス殿下にあらせられますのよ! 眉目秀麗にして文武両道、国中の女子の憧れを一身に集める王国の太陽! この王立学院の三年生で、なんと生徒会長を務めていらっしゃいますの! ちなみに、私ヘルミーナ・デルモンテは、イリアス殿下の婚約者第一候補と世間で噂されておりますの〜! さあ庶民、私たちの前に跪きなさい〜!」

「……ご紹介ありがとう、ヘルミーナ嬢。それより、この騒ぎはいったいどういうことだ?」

 イリアス王子は私の長広舌に眉一つ動かさず、事態の説明を求めた。

「聞いてくださいませ、殿下! なんとこの高貴なる学院に! 庶民! しょ・み・ん!が紛れ込んでおりましたの〜! それでかくかくしかじか、こういうことで!」

「端的な説明ありがとう。はぁ……」

 イリアス王子は額に指を当て、にため息をついた。イケメンの物憂げな表情は絵になりますなぁ、デュフフ!

「入学初日に学院内で騒ぎを起こすのは感心しない」

「そうだそうだその通りですわよ、庶民!」

「きみのことだ、ヘルミーナ嬢。少し静かにしてくれたまえ」

「ええええええ〜〜〜〜〜!?」

 いやん、殿下ったら塩対応!

 私はハンカチを噛みながらその場に倒れ込んだ。

「イヤァ〜〜〜! 殿下が冷たい! つらい! 死ぬ! 死んでしまう!」

 地面をゴロゴロ転がり回っていると、ピココココココココンと軽快な通知音が鳴り響き、周囲のモブどもの好感度が上がった。

 お前らなに下見てわろてんねん。見せモンちゃうぞ!

 そんな中、イリアス王子は私には目もくれず、エリンの顔をじっと見つめていた。

「……また会ったね」

 イリアス王子が優しく話しかけると、エリンはハッとした表情を浮かべ、

「え、もしかして……!」

と頬をうっすら赤らめた。

 さて、説明しよう!

 実はこの二人、過去に面識があります。そういう設定です。

 去年の冬、イリアス王子はお忍びで地方旅行に赴いたのだが、山の中で遭難。さらに熊に襲われるハメになったのだが、そこにたまたま通りかかったのが猟師の娘のエリンだった。

 エリンは弓矢を使って熊を誘導して崖から突き落とし、王子の命を救った。

「おもしれー女」

 ……とイリアス王子が言ったかどうかは分からないけど、エリンに興味を持った彼は王都に戻るとエリンの素性を調べさせ、王子&生徒会長の職権を乱用し、彼女を王立学園の特待生として迎え入れるよう手配したのだった。ちなみに、エリンは王子が裏から手を回したことを知らない。

「こんなところで再会するなんて、奇遇だね」

 イリアス王子が柔らかな微笑みを浮かべてエリンに言った。

「まさか……王子様だったなんて……」とエリン。

 おいおいおいおいおいおいおい。

 なにが「奇遇だね」だよ。ふざけてんのか、テメーは?

 自分がプレイヤーだったときは気にならなかったんだけど、こうやって第三者的な立場からイリアス王子の言動を見るとドン引きだよ。権力使って年端もいかねー小娘を手元に囲い込んで、「また会ったね」じゃねーだろ!

 私が怒りにまかせて立ち上がると、二人はまさに手を取り合って再会を喜ぼうとしている瞬間。おいおいおい、まだオープニングも始まってないのにキャラ別ルートに入ろうとしてんじゃねえよ! 早いっての! いますぐやめろ。イリアスルートが確定したら、私の末路は島流しだからな。

 私は自分の世界に入り込もうとしている二人にツカツカと歩み寄り、

「カーフキック!」

 イリアス王子の左足目がけて、渾身の蹴りを放った。

「……いっ!?」

 カーフキックというのは、鍛えにくいふくらはぎの筋肉を蹴ることで、相手に激痛を与える技である。プロの格闘家でも二、三発も喰らえば悶絶必至。近年、総合格闘技の世界で注目されつつ、同時に問題視もされている技である。

「あ……あ……っ!」

 王子は秀麗な顔面を歪ませ、その場に左膝を突いた。痛みのあまり、声も出せないようだった。

「あーーーーーら、ごめんあそばせ〜! 私としたことがうっかり殿下の足を踏んでしまいましたわぁ〜!」

「い……いや、いま、キックって……」

「カァーーーーーーフキイィィィーーーーーック!」

「……※ッッ$ッ◇ッ☆〓∋ッッッッ!」

 何か言おうとしたイリアス王子を二発目のカーフキックで沈黙させる。

 そのときピココココン!っと通知音が鳴り、イリアス王子と周囲の女子生徒たちの好感度が急落し、代わりに男子生徒たちの好感度が急上昇。王子、男どもからひがまれてたんだな……。

「さて!」

 私はエリンの腕を強引に掴んだ。

「お名前はなんといいましたっけ? えっと……庶民?」

「エリンです」

「庶民、早く参りましょう! 入学式が始まりますわ!」

「あの、殿下は……」

「イリアス殿下には、入学式で在校生代表として祝辞を読むという大事な仕事がございますですのよお引き留めしてはいけませんオーーーーホッホッホ!」

 私はそのままエリンを引きずって、入学式の会場である大講堂へと向かった。


 肝心の入学式だが、生まれたての子鹿のようにプルプルしながら祝辞を読むイリアス王子の姿以外に、特に面白いものはなかった。

 原作のゲームなら、祝辞のあとにカッコいいキャラ紹介ムービーと主題歌が流れるんだけど、私たちはダッサい校歌を歌わされただけだった。ファック!

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