第三話 初登校ですわよ、お嬢様!
登校準備を終えた私は、部屋に運ばれてきた簡単な朝食を食べ、セバスの淹れてくれたお茶を飲んだ。
セバスに「なかなかのお味でしたわ。シェフによろしく。あなたのお茶も悪くなくてよ」と伝え、にっこり微笑んでやったところ、セバスは「へへへ、恐縮です」と顔を赤らめてやに下がり、好感度が2上がった。
チョロい! この世界はチョロい!
さて! 腹もくちてきたので、いざ登校だ。
意気揚々と家を出ると、外は雲一つない晴天だった。まるで太陽までが私の新たな門出を祝福しているかのようだ。
ちなみに外から見た我が家は、完全にバブル期のラブホテルでした。ご休憩6000円ご宿泊10000円くらいのちょっと高いやつ。
門扉の前で「ヘイ、タクシー!」とフラメンコのポーズで手を叩くと、セバスが馬車を御してやってきた。送り迎えもお前がやんのかよ。あと嫌そうな顔すんな。給料もらってんだろ。
馬車に乗り込み、『王宮☆激ラブ旋風☆ダイナマイト』の舞台である王都シュタイヒブルグを爆走していると、見覚えのある町並みが目に飛び込んできた。あー、本当にゲームの世界にいるんだ、私。
『王宮☆激ラブ旋風☆ダイナマイト』の謳い文句は「中世風ファンタジー世界の学園でイケメンたちとピュア☆
それにしても……うーん……遠くの方に見えるあの建物、なんか別のゲームで見たことある気がするんだけど……。大丈夫なのかな、この世界。転生者を著作権でドキドキさせないでほしい。
そんなことを考えているうちに、学園の前に着いた。馬車を降りた私をお出迎えしたのは、バカみたいにでっかい校門だった。そこを通って、若い男女がゾロゾロと中に入っていく。
「それでは、行って参りますわ!」
私が門に向かおうとすると、周りのモブ学生どもが「おおっ」とどよめき、熱い視線を送ってきた。
「あれが噂の……」ひそひそ。
「デルモンテ侯爵家の……」ひそひそ。
「髪の毛すっげ」ひそひそ。
「肩のデザインおかしくない?」ひそひそ。
その他大勢どもの囁きを無視してずんずん歩みを進めると、人波がモーゼの十戒みたいに割れた。すっげ、ヘルミーナ、お前有名人じゃん!
そのままどんどん突き進み、校舎の前にあるでっかい噴水の前までやってきた。
しばらく待っていれば、「やつ」が来るはずだった。私は噴水の前で腕を組んで仁王立ちになり、校門を睨み付けること約三分。
「あわわわわ! 遅刻遅刻〜!」
そう叫びながら校門をドタバタ全力疾走で駆け抜けてきたのは、栗色の髪をショートボブにした小柄な少女だった。目がくりっとしてて、ちょっとリスっぽい。
「お待ちなさい、そこの庶民!」
鋭く制止の声を投げかけると、少女は「おっとっと」とよろめきながら急ブレーキを踏んだ。
「えっと? 私ですか?」
「あなた以外に誰がいるんですの。いいですか、王立学院規則その一! 校内で無闇に走り回らない!」
「は、はいッ! すみません!」
元気よく答えたこの少女。彼女こそが、『王宮☆激ラブ旋風☆ダイナマイト』の主人公である。
「あなた、お名前は?」
「エリンです。エリン・ハイアール。マッシ村から来ました!」
どうやら名前はゲーム中のデフォルトネームらしい。もし私が設定した名前——私の実名だ——だったらどうしようかと思ったが、一安心。
「マッシ村ァ〜〜〜〜? む、村ですってェ〜〜〜〜〜!」
私は用意していたセリフをたたみかける。
「そーーーーーんな庶民がこの学校に何の用ですの? ここ王立学院は四〇〇年の歴史を持つ由緒正しい教育機関! 誇り高き、き・ぞ・く! 貴族の師弟のみが入学を許される高貴なる学び舎! あなたのような庶民が足を踏み入れていい場所じゃあごじあませんことよ、オーッホッホッホッホ! オホ、ホ……ゲホッゲホッ!」
最後はちょっと息切れしたが、なんとか詰まらずに言い切った。
実は私——ヘルミーナには、悪役キャラ以外の役割がある。
ゲームの要所要所で、主人公であるエリンに突っかかり、プレイヤーにゲームの基本的な情報を与えるという、チュートリアルキャラも兼ねているのだ。
いまの私が一番困るのは、エリンに予定外の行動をとらることだった。彼女がいきなり原作ゲームから外れた行動を取りはじめたら、私のアドバンテージである原作知識が役に立たなくなる。
だから、こういうイベントは原作通りにこなさなければならないのだ。
「あの、大丈夫ですか……?」
「だまらっしゃいッ!」
「あ痛ッ!」
咳き込む私を気遣って近寄ってきたエリンの頭を、ブレザーの懐から取り出した派手な扇子で一閃!
「しょ・み・ん・が! 気安く話しかけないでくださいませッ! 庶民が
「あ、はい、すみません……」
「分ければいいんですのわきまえればいいんですのオーホッホッホッ、ゲホッ!」
「あの、本当に大丈夫なんですか……?」
突然始まったコントに、周囲のモブどもがざわつきはじめた。
そろそろもう一人の重要人物がやってくるはずだ。
「だ・か・ら! 気安く話しかけるなつってんだろうがよぉ、庶民! この! この!」
「痛い! 痛い! なんで叩くんですか!」
エリンの頭を扇子で乱打していると、周囲からピコンピコンとメッセージの通知音が騒がしく鳴りはじめた。キッと周囲を見回すと、モブどもの好感度が低下したことを示す数十のウィンドウが、私を包囲するように屹立していた。ふざけやがって。真実を知る者はいつだって孤独だ。
意外なことに、エリンの好感度に変化なし。これが主人公の鋼メンタルか?
「ウオォォォオオオオ〜! 庶民〜!」
「ひえぇええ〜!」
逃げようとするエリンを多うとしたその瞬間。
「何をしているッ!」
間抜けなコントを斬り裂くように、鋭い声が周囲に響いた。
さぁ、ヒーローのお出ましだ。
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