第二話 チュートリアルですわよ、お嬢様!

 状況は分かった。あとは勢いよく行動あるのみだ。

 ……と思った瞬間、頭の上のほうで「ピコン」と間の抜けた音が響く。

 同時に、目の前にいるセバスの横にメッセージウィンドウが表示された。


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セバスの好感度が大きく低下しました。


好感度(セバス):50→44

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 思わず「おい、なんだよこれ」と声を上げそうになったが、すんでのところで思いとどまる。

 さてはこれ、転生ものでお馴染みのチート能力ってやつだな。

 そういえば思い当たる節がある。

 私が転生したこのゲーム『王宮☆激ラブ旋風☆ダイナマイト』はスマートフォン向けに作られた、基本無料の恋愛シミュレーションゲームだ。ゲームそのものは無料なのだが、シナリオの序盤しか遊べない。だが、有料のDLCダウンロードコンテンツを購入すると、キャラ別ルートや裏シナリオが遊べるようになったり、攻略に有利な機能が付いたりする、という作りになっていた。

 攻略機能の中には、「本来は非公開パラメーターとして設定されているキャラクター別好感度を表示できる」というものがあった。

 いま表示されたメッセージウィンドウは、きっとその機能だろう。私が課金して買った機能が、この世界でも生きているのだ。たぶん。知らんけど。

 ていうか、そこの表示名セバスでいいんだ?

「……ヘルミーナお嬢様、いかがさないました?」

 私が一人でブツブツ言っていると、セバスが恐る恐る話しかけてきた。たぶん私を気遣っているワケではない。ここで心配する振りをしておかないと、あとで何をされるか分からないという恐怖が、彼を行動に駆り立てているのである。

 卑屈な愛想笑いを浮かべるセバスを見ていると、なんだか無性に腹が立った。

「出てけ」

「はい?」

「制服に着替えるから早く出てけっつてっんだよ、エロオヤジ!」

 セバスに渾身のキックをお見舞いし、部屋からたたき出した。

 悲鳴を上げて逃げていくセバスの背中にメッセージウィンドウが出て、好感度が4下がったのが見えたが、いまは気にしないことにした。


※ ※ ※ ※ ※


「ふっふーん、どうよ♪」

 セバスを自室から叩きだしてから五分後。

 今日から通う王立学院の制服に袖を通した私は、鏡の前でクネクネとポーズを取り、自分の美貌を堪能していた。

 ゲームの悪役令嬢だけあって、ヘルミーナ・デルモンテはとんでもない美人だった。

 均整の取れた長身に、はっきりした目鼻立ち。艶のあるキラキラの金髪は、ドリルみたいな派手なカールがかかっていた。ごめんセバス、わたしもたいがいベートーヴェンだったわ。

 王立学院の制服は、黒のブレザーに白いシャツ、赤と黒のタータンチェックのプリーツスカートだ。ヘルミーナのブレザーにはちょっとだけ改造が入っていて、肩が昔のエロゲーキャラみたいなパフスリーブになっていたり、ところどころに金のラインが入っていたりする。

 赤のリボンタイを結んで胸元に垂らし、蜘蛛の巣の意匠が入った黒タイツを穿くと、なかなか迫力のある悪役令嬢の姿が出来上がった。

 うーん、美しい!

 現実世界にいたときの私も、よく友人から「あんたは口さえ開かなければね……」と容姿を褒められたものだが、ヘルミーナには遠く及ばない。

「うふふ、これだけ“武器”があればいける……!」

 原作ゲームのヘルミーナは、ご多分に漏れず、どのルートを通っても酷い目に遭う。没落したり、国を追放されたり、牢屋に入れられたり、視力と記憶をほとんど失ってウーイッグの街に戻ったりと、災難のバリエーションは無駄に豊富なのだが、まぁとにかく酷い結末を迎える。

 だが、この輝くばかりの美貌と好感度チェックのチートがあれば、破滅の運命から逃れられる!と確信した。

「オーッホッホッホッホ! 楽勝ですわぁ!」

 予行演習も兼ねてお嬢様っぽい高笑いをしてみたら、無駄に気分が盛り上がってきた。いける、いけるぞ!

 あとはアレでしょ? 正ヒロイン主人公をいい感じに懐柔しつつ、攻略対象イケメンたちの顔色を窺い、不良が捨て犬にエサをあげる的な意外性イベントで好感度を稼げばいいんでしょ? 私、そういうの詳しいんだ。

「さぁ、入学初日、気合い入れていきますわよ!」

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