悪女はお金で愛を買う!

怪奇!殺人猫太郎

第一話 転生ですわよ、お嬢様!

 ——ゲームの世界に転生した。


 まぁね。人間三十年生きてりゃ、そんなこともあるよ。

 ある朝起きたら、課金しまくった女性向け恋愛シミュレーションゲームの悪役令嬢キャラになってました……なーんて事態が起きても、別に驚くべきことではないのだ。最近はその手の漫画やら小説が山ほど出ているしね。流行だよ、流行。

 それに、男は三十年童貞を貫けば魔法使いになれるというし、女だって三十年処女であればゲームの世界に転生してもおかしくはない。

 なにもおかしなことはないのだ!!!!!!

「……ンなわけあるかい、ボケェ!」

 バブル期に建てられたラブホテルみたいな部屋で絶叫すると、入り口のドアがバーン!と音を立てて開き、奇妙な髪型の中年男が駆け込んできた。奇妙な髪型ってのはアレだよ、ほら、音楽室に貼ってある、バッハとベートーヴェンとかみたいなアレ。

「どうされましたか、お嬢様!」

 中年男が卑屈そうな目つきで私を窺い見た。この表情には見覚えがある。うちの職場(典型的な中小企業だ)の係長が社長に呼び出されて無茶ぶりされるときの顔だ。

 内心は「このバカ、また無理難題をふっかけるんじゃねえか?」「マジでやってらんねよ」と思いつつ、絶対に相手のご機嫌を損ねるわけにはいかない、そんな悲壮さを気弱な愛想笑いの下に隠した顔!

「やい、セバスチャン!」

「え、セバスチャン……?」

 私が怒鳴ると、執事らしき中年男——セバスチャン(仮)は周りをキョロキョロ見回した。

「お前だよ、お前。ほかに誰がいんだよ」

「わ、わたくし……? わたくしはロドリグでございますが……」

「うるせー! お前は今日からセバスチャンだ!」

「そ、そんなご無体な……」

 セバスチャンはただオロオロするばかり。

「おい、セバス」

「は、はいッ!」

「今日は帝国歴何年の何月何日?」

 ゲームの中とか異世界に転生したら、まず最初にやるべきこと——それは状況確認だ。RPGの基本は「はなす」コマンドッ! 現代に生きるオタクならば当然の行動だった。

 だが、セバスは私の質問を新手のイビリか何かだと勘違いしたらしく、オドオドと下を向いたり私の顔を見たりしながら、考え込んでいる。

「はーやーくーこーたーえーろーよー!」

「あわわわわ! お嬢様、おたわれはおよしを!」

 私が飛びかかろうとするポーズを取ると、セバスは慌てて胸の前で手でばたつかせた。小学生のバリアかよ。

「ふざけてないっつーの! 今日は何日?」

「……もしかして、本当にお忘れなんですか?」とセバス。

「オウヨッ!」無意味に力強く返事をする私。

「いつもの意地悪クイズからの罰ゲームとかではなく?」

「ないないない、本気のクエスチョン」

「えっと、あー……えー……」

 しばしの沈黙ののち、セバスが口を開いた。

「本日は帝国歴326年、4月1日……お嬢様が王立学院にご入学される日でございますが……」

 オウ、マジかよ……。

 帝国歴326年4月1日は、私の魂のゲーム『王宮☆激ラブ旋風☆ダイナマイト』の始まりの日だった。

 そして、私——いや、私の身体の本来の持ち主である悪役令嬢、ヘルミーナ・デルモンテの苦難が始まる日である。

「ふざけんなよ、準備期間もねえってハードモードかよ……!」

 私はおびえた視線を向けるセバスを一顧だにせず、その場にしゃがみ込んで頭を抱えた。

 まぁでも悩んだところでどうしようもない、女一匹、やるっきゃない。

「いよっし、気合い入れて登校すっかぁ〜!」

 こうして、ヘルミーナとして生まれ変わった私の新たな人生が始まった。

 あ、ちまみに言っとくけど、私がこういう横暴ノリなのは原作のヘルミーナを再現しているだけだからね? 原作重視の演技なんです。ほら、急に人格変わったら変でしょ? 

 本当の私は清楚な大和撫子だから。そこんとこ夜露死苦!

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