第6話 卒塔婆の少年
歩いても歩いても、屋台の果ては見えてこない。
アケビや桃や文旦などが鮮やかに並ぶ、果物の屋台を通り過ぎた。
鯛や亀や千両箱などが絢爛に飾られた、熊手の屋台を通り過ぎた。
縮緬細工が柳のようにたなびく、吊るし飾りの屋台を通り過ぎた。
通りの前方から、卒塔婆を担いだ少年がやって来るのが見えた。背格好から見て中学生だろう。ブレザーの学生服を着ていた。
少年は僕と目が合うと、「やあ」と親し気に微笑んだ。
つられて僕も挨拶し、少年へ訊ねた。
「どうして卒塔婆なんて担いでいるの?」
ああ、と少年はほっそりとした顎を卒塔婆の方へ向けた。
「たった今、坊さんからもらってきたんだ。早速墓に供えてあげようと思ってね」
「誰か亡くなったの?」
「うん、いとこの兄さんが。ほら、あそこに骨壺があるだろう」
少年は、二エリア先にある墓を指さした。
墓の周りには喪服の集団がいて、墓前には七寸ほどの白い骨壺が置いてあった。
「五日前に死んだんだ」
「五日前?」
僕は思わず少年に聞き返し、再び遺族に目を戻した。
墓の前では、婦人達が豪華な重箱料理を広げて談笑していた。
敷石に座る中年男性二人は、カップ酒に赤飯をつまみながら将棋をさしている。その周りでは、子供達が鬼ごっこをしていた。
「少し賑やかすぎない?」あれではまるでピクニックだ。
「何かおかしいの?」
少年にきょとんと訊ね返され、僕はたじろいだ。
「ああいう感じは、あまり見たことが無いんだ」
批判的な口調にならないよう、慎重に言葉を選んだ。
「なんていうか、人が死んだ直後って、こう、もうちょっと落ち込んだりさ、いや、君たちが落ち込んでないとは言わないよ? でもそういう雰囲気って言うか、ほら……」
「落ち込む? どうして」
少年が純粋な顔で驚いていたので、その反応を見た僕も驚いた。
「人が死ぬんだよ? 悲しいじゃないか」
「人が死ぬと悲しい?」
少年は自分に問いかけるかのように呟き、首を傾げた。
「僕らは元々、姿も形もない状態が普通だからね。今は偶然人間の形で出てきているだけで。兄さんは僕らより少し先に順番がまわってきて、元の状態に戻っただけだよ。悲しむことじゃない」
「そんな簡単に割り切れるものかな」
僕は、さっき見た葬式の夢を思い出していた。
あれも確か、姉が亡くなって五日目のことだ。とてもじゃないが、将棋やら鬼ごっこで盛り上がれるような状況ではなかった。
「それに、可哀想じゃないか。まだ生きて、やりたかったことだってあるだろうし」
「死んだ人が可哀想っていうのは、あまりにも生きてる側本位かな。あっちから見たらきっと、地獄に残された僕らの方が悲惨だよ」
「地獄? 地獄はあの世にあるだろう」
「あっちから見たら、ここがあの世だよ」
少年ののどかな物言いは、本気とも冗談ともつかない。
腑に落ちない僕を見て、少年は更に言った。
「みんな知っているからね、死んだらもう二度と生まれてこれないってことは。だから尊い一日を、儚いこの瞬間も、後悔なく生きてるんだ。死んだ兄さんもだったよ。君だってそうだろう?」
硝子玉のように青白く澄んだ瞳を向けられて、僕はまごついた。
少年の足元には、誰かが落としていった撫子の花があった。
「それに」
少年は屋台を見回して声を弾ませた。
「死んだのが今の時期っていうのがいい。なにせ今日は死願祭の日だ。こんな賑やかな日に送り出すことができるんだからね」
「その死願祭って何なの?」
「知らないの?」と、少年は珍しい人を見るかのように形の良い眉を上げた。
少年は、死願祭について教えてくれた。
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