第5話 面屋

 屋台は射的、ヨーヨー、焼きそばなど見覚えのある店から、籠の鳥、漢方薬、香などの珍しい店まで、ずらりと立ち並んでいた。



「そこのあんちゃん、ちょいと寄っていきなよ」


 数件先にある屋台の中から、狐面を被った女がふいに出てきて、僕に向かってちょいちょいと手招きをした。

 入り口に垂れ下がった暖簾には『面や』と書かれている。


 僕が面屋の方へ近づいて行くと、女は浮足立つように高下駄を鳴らして屋台の中へ入って行った。



 暖簾をくぐった瞬間、身体中に刺さるような視線を感じた。


 客のいない三畳ほどの屋台は、足元から天井までびっしりと面で覆い尽くされていた。

 恵比寿、翁、天狗、鬼、狐、どこを見ても面、面、面……。


 全て能面のようなものばかりで、それらが裸電球に艶めいている。



 女は並んだ面の方へほっそりとした手を滑らせ、歌うように言った。


「探していってよ。あんたの面はどれだい?」


「僕の面?」


 言葉の意味が分からずに訊ね返すと、女は僕の顔を指さした。


「今着けてるのは自分のじゃないだろう」


「僕は面なんかつけていない」


「何言ってんだい、着けてるじゃないか」


 女がおかしそうに笑うので、僕は怪訝に思う。

 自分の顔を触ってみるが、秋風に冷えた皮膚の感触があるだけで、当然、面などついていない。


「ありゃ、もしかして気づいてないのかい」


 女はおどけるように声の調子を高くした。

 あれまあ、と頭巾の頭を掻いて驚いている。


 新手の押し売りだろうか。僕は店に入ったことを後悔した。

 女は悩まし気に腰帯に手を当ててこちらを見るので、僕は並んだ面の方へ視線を逃がした。



 笑い顔、憂い顔、恐れ顔、泣き顔、怒り顔、恨み顔、数え切れないほどの顔が、静かに僕を見据えている。


「可哀想に、可哀想に」


 隣から、女の嘆く声が聞こえた。


「自分の面を忘れちまったのかい」


 まだ言うのか。むっとして女へ顔を向けると、僕の目の前に真っ暗な穴が二つあった。

 遠近感覚が分からずにしばらく見つめていると、目のピントが合ってきた。


 その穴は、狐面の両目だった。



 全身に怖気が走り、僕は後ろに飛びのく。

 女はまるで品定めでもするかのように面の顎に手をやり、じっと僕の顔を観察していた。



 狐面はゆっくりと首を九十度にひねると、匙を投げるように言った。


「ああ、こりゃ駄目だな」



 気味が悪くなり、僕は屋台から走り出た。

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