第4話 死願祭

 白い花の咲き乱れる蕎麦畑を走り抜けて山道に入ると、うっすらと紅葉の始まった楓並木のトンネルが、盛大な拍手のようにざわめいた。

 山から吹き下りてくる風が、綿あめやソースの混ざった夜店の匂いや、お囃子の音を運んでくる。


 山道には人がちらほら歩いていた。

 肩を並べる老夫婦、手をつなぐ親子、はしゃぐ学生の集団。薄闇で血色は消えているが、通り行く顔は一様に晴れ晴れとしていた。

 朗らかな笑い声の中、坂を登る軽快な足元が、ぼうっと灯篭のあかりに浮かび上がっている。



 坂の中盤を過ぎたところで、息が切れてきた。

 額の汗を拭いながら来た道を振り返ると、おばちゃんの姿はもう見えない。すっかり小さくなった線路の向こうには、町の光がぽつぽつと浮かんでいた。

 空は夕方の赤から夜の青に変わり、一等星が輝き始めている。



 ここまで来たんだし、シガン祭というものを少し覗いて行こうかと人の流れにのって歩いていると、霊園の石門までたどり着いた。


 日の丸印に『死願祭』と書かれた大提灯が吊るされた石門をくぐり、階段を登っていくと、風景が開けた。




「お花はいかがですか」


 霊園の入り口で立ち尽くしていると、花売り娘に声をかけられた。

 溢れ出しそうなほど花が入った籠を胸に抱える花売り娘は、色素の薄い瞳で夢のように微笑むと、花籠を僕の方へ傾けて見せた。


 薔薇やカーネーション、百合や菊、その他名前も知らない花々が、花売り娘の白い顔の下で美しいしぶきをあげている。


 花売り娘の白魚のような指が、花籠の中へ滑り込んだ。

 リンドウを一本すくい取ると、それを僕に差し伸べた。


 僕は少し躊躇い、首を横に振る。

 花は嫌いだ。咲いたそばから枯れる予感がする。


 花売り娘は黙ったままの僕を見て、にっこりと微笑んだ。

 恭しくお辞儀をすると、赤いブラウスワンピースの裾をひらめかせ、水の中を泳ぐ金魚のように、すいすいと霊園の中へ戻っていった。



 楓の森を開いてつくられた霊園では、僕の見たことのない祭りが行われていた。

 広大な霊園を囲むように、提灯や暖簾を下げた屋台が延々と連なり、人々が通りを練り歩いている。

 霊園一帯に散りばめるように灯篭が置かれていて、墓石はその灯りをつやつやと照り返していた。どの墓も、花で陽気に飾られている。

 霊園で大規模な縁日が行われている。そんな光景だった。



 楽しそうな声に誘われて、僕も屋台の通りへ歩き出した。

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