第7話 死願祭とは

「死願祭は毎年九月の満月の夜に行われる、弔いの行事だよ」 


「弔い? 盆や彼岸みたいなものなのかな」


「違うよ」と少年は笑った。

「死願祭は死んだ人間じゃなくて、生きている人間を弔うためのものだ」


「生きている人間を弔う?」


「そう。盆に故人を供養しても、彼岸に功徳を積んでも救われない人間が、自分の魂を葬るためにここへ来るんだ。沈む月と一緒に今ある魂を連れて行ってもらって、日の出と共に新たな魂を迎える。現在の自分を弔い、そして復活を願う祭りなんだ」



 少年の説明は謎のようだったが、僕がざっと理解できたのは、どうやらこの祭りは、何かしら苦しみを抱えている人間を救う趣旨で行われているということだった。


 救われるためには一連の手順をふむ必要があると、少年は言った。


 まず、参加者は自分の戒名を寺からもらう。

 脱ぎ捨てたい過去を住職に伝え、それまでの自分に戒名をつけてもらうらしい。戒名が書かれた御札には、自分の魂を入れてもらう。


 次に、参加者はその御札を死願祭の日に霊園で焼き、その灰を自分の墓の中へしまう。

「煙は天に昇る。今夜の月と一緒に連れて行ってもらうんだ」と、少年は言った。


 あとは霊園で朝日を待つのみ。

 新しい日の出と同時に、自分の魂も新しく入れ替わり、新しい人間として生まれ変わることができる。

 そう信じられているらしい。



「戒名はどうやって貰うの?」


 せっかくこの祭りに来たのだから、僕も貰ってみたいと思った。


「自分が一番大事なものと交換するんだよ」


「一番大事なもの? 大事なものって、……お金とか?」


「うん、一番大事にしているものなら、なんでもいいんだ。お金でも品物でもいいし、そうでなければ友人や恋人とか、あとはそうだな、職業や肩書きでも、一番大事にしているものなら、なんでも」


 自分の一番大事にしているものを手放すという行為について、僕は考える。

 一番大事にしているもの、自分を構成しているもの、自分の一部。

 それを自分の手で切り離す。


 それはなんだか、自傷行為に近いような気がした。失ったものが新陳代謝される保証もない。

 そんな条件のあるこの祭りは、気軽な気持ちで参加できるものではないのかもしれない。


 僕は改めて霊園を見回してみた。

 金魚すくいを楽しむカップル、羽根突きをして遊ぶ子ども、レジャーシートを敷いて寝そべるおじさん。


「……ここにいるみんな、戒名を持ってきたの?」


「さあ? みんな持っているのかもしれないし、誰も持っていないのかもしれないし」少年は、あっけらかんと言う。 


「御札を焼いている人なんて、どこにも見当たらないけど」


「やり方が昔と変わったっていう説があってね。十八時になると天灯を打ち上げるんだけど、噂では、戒名の札はその火種に結び付けるんだって。その他にも、戒名を焼く人がいなくなったのは、それをやる人が増えすぎて墓に灰が収まりきらなくなったからっていう話もあるし、そもそも、誰も戒名なんて持ってきていないからだとも言われているし」


 僕は少年の説明に、胡散臭さを感じた。

 一つ怪しく思うと、初めて見るこの祭りまで、なんだか怪しいものに思えてくる。


「元々は祭りでもなんでもなくて、個人が夜な夜なこっそりとやっていたことらしいんだ。だけどその噂を聞いた人達が徐々に霊園に集まり始めて、手順も年々簡略化されていって、やがて祭りの趣旨すら曖昧になって。人が増えすぎて、誰が戒名を持っているのかも見分けがつかなくなってしまったんだ。今となっては、もう何が本当のことなのかも分からない」


「なんだか、規模が大きいわりに曖昧な祭りなんだね」


 いまいち納得できていない僕は、つい言ってしまう。


「よく今まで続いてきたね」


「生まれ変わりたいと願う人がいる限り、これからも続いていくよ」


 この祭りで生まれ変われると言うのならば、今日が前世で明日が来世と線引きをされるのだろうか。

 明日になると、今日までの出来事は全て、前世の記憶として解釈されるのだろうか。


 考えあぐねている僕を見て、少年は表情を柔らかくした。


「生きている限り、僕らはここで何度でも生まれ変わることができるんだよ」



 遺族の集団から、少年を呼ぶ声がした。

 少年はその声に答えると、「じゃあね」と僕に手を振り、明るい闇の方へ駆けていった。

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