第36話 後戻りの一噛み
校庭は騒然としていた。
半裸の高校生が寝転がっている時点でまずはヤバい。
しかもその中に教員も含まれているのだから、全国紙にも取り上げられてしまう程の大事件に違いない。
そんな雑踏の中、屋上から警察の動きを見ながらライラが言う。
「——
その言葉が自分に向けられていないことは、なんとなく分かった。
「先祖返りだと思います。それに本当は私が十を迎えることはなかった。」
その言葉に目を剥く睦、そしてライラは眼鏡を指で押さえて顔を顰めた。
「私も耄碌したものね。神無月とセットでいた時点で気付くべきだった。まぁ、どちらも遺伝子が薄まって途絶えたと言われていたのだけれどね。なるほど。遺伝的な先天異常。それこそが月読が途絶えたと言われる由縁。末代まで祟られていると言われた由縁ね。」
「心臓に欠損部位がありました。それだけではなく、他の臓器もほとんど機能不全でした。辻宮家は元々体が強くありませんが、私の場合は特にそれがひどくて。それが月読の遺伝子だとするなら、その通りかもしれません。」
二人は知っている前提で話を進める。
けれど、睦は分からないから納得できない。
「いや、ちょっと待てって。俺は知らないぞ。美夜が十歳まで生きられないなんて話。それにツクヨミって。」
「名前の通りよ。月を読む。月の巫女と言った方が分かりやすいかしら。日の巫女を崇めていた国なら、月の巫女がいてもおかしくないでしょう?」
ライラが顰めた顔のままで睦に説明する。
卑弥呼は日の巫女であり、彼女がアマテラスの由来という説があるくらい有名な話。
ならば、夜を司る月の巫女もいたと考えるのが自然という。
「睦君。忘れちゃったの?私を……、ううん。うちを助けてくれたのは睦君だよ?あの日、睦君が噛んでくれたから、
目を剥く話ばかり。
私とうちの両方を使ったのは、今の彼女が魅了前と魅了後の両方の記憶を持っていると言いたいのだろう。
けれど、やはり記憶がない。
「ゴメン。俺、あんま昔のことを覚えていないって言ったろ。あの日のことだって夢で見なきゃ思い出せなかったんだ。っていうか、ゴメン。俺のせいで、俺が中途半端なせいで、また美夜を巻き込んでしまった。」
美夜はその言葉に首を横に振った。
一方、ライラは舌を打った。
「まだ、そんなことを言っているの?睦君のご両親がその血筋をかなり疎ましく思っていたのは分かったけど、あまりにも無知ね。いい?本当なら死んでいた月読の遺伝子を発現に導いてしまったのよ?」
「それは結果オーライだろ。美夜が死んでた方良かったみたいな言い方するな。」
「本当に馬鹿ね。江戸時代に最強レベルのモーンストルムが島に押し込められた。そして同じ島に住んでいた人間側の巫女である辻宮家。今日の事件と併せて、理由を考えてみなさい。」
今日の出来事、一番不可思議だったのは自分の意志と関係なく美夜の所に行ってしまったこと。
同じ島にいた両家。
呪いと言っていた理由。
モーンストルム器官を月の石で制御できるように、人狼のように月の満ち欠けが力に影響するように、モーンストルムとは月に支配される種族だ。
——つまり、月の巫女はモーンストルムに特効を持っている。
「とにかく美夜ちゃんとは話をつけてあるの。できれば美夜ちゃんとは敵対したくないけれど。後は君次第ね。——じゃあ、私はもう行くわ。大野にも話をしないといけないしね。もうすぐ月も沈んで朝が来る。自分で帰れるでしょう?」
ライラは全てを睦に委ねて立ち去った。
ふと美夜を見ると、彼女の頭上に真ん丸のお月様が浮かんでいた。
山の端に架かる月だからか、やけに大きく見える。
その輝きが、少女の髪色を美しい藍色に輝かせる。
「えっとさ。俺、あまり記憶がなくて……、っていうか六歳とかの記憶だから覚えていても朧気で」
「……でも、大丈夫。うちはずっと見てたから、睦君もずっと私を見ててくれたから、あの選択もうちの事を想ってくれたからって知っているから、それに、私はちゃんと思い出したから——」
沢山の「から」が少女の口で紡がれる。
白髪の青年は己を恥じた。
いっぱいの「から」を聞きたいから、なんて言い訳は出来ない。
その「から」は全て睦の為のものだったけれど、彼女の選択は——
「——だから、うちは人間の敵になる。睦君、お願い。うちを……」
睦は満月の夜、十年前の夜と同じように少女の唇を噛んだ。
考えが足りないから、少女に似つかわしくない言葉を口にさせてしまった。
「……ゴメン、いきなりで。これで俺が言ったってことにならない?」
もっと早く気付いていれば、彼女の意志と言わせなくて済んだ。
それが一番、綺麗な在り方だった筈なのに。
「うーん。あの時みたいに従順な私にはなれないみたいだけど、……うちが魅了されとるのは睦君が
「でも、さっきのは俺が言わせた。それでいい?」
「……もう一回、チューしたらそうなる……かも?」
「分かった。————。これであの発言は俺のもの。」
睦は少女の血液を、少女は睦の怪液を味わいながら、どちらからではなく手を繋いだ。
十年間、そんなことさえしなかったのは、睦の無意識が覚えていたからとライラに言われている。
成程、確かにと思いながら睦は少女の手を引いた。
「約束する。俺の活躍を国に世界に認めさせて、美夜の人権を永遠に認めさせるって。」
「……うん。その時はむつも一緒に……ね」
青年は少女の返事を胸の中で聞き、少女は青年の胸の高鳴りを聞く。
——これが唯一出来る責任の取り方だと、その時は思ったんだ。
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