第33話 機能回復

 美夜は狼女と赤鬼まがいの、捨て身タックルを軽くいなした。


「どうして僕を避けるの?」

「なんで、私に殺されないのよ!」


 彼らの攻撃を躱せる。

 それこそが、睦との日々が現実だったという証。


「興味が……無くなったから?」


 そして、二人の背中をトンと叩く。

 すると、屈強な体つきになった筈の二人が力なく崩れ落ちた。


「成程。元に戻っていくのね。睦君への想いが私に力を与えてくれる。懐かしい感覚、……でも、あの時よりも記憶がはっきりしている。」


 親友と呼べない付き合いしかしてない二人をチラリと見て、少女は校庭へと歩き出した。

 徐々に化けの皮が剥がれ落ち、体がしぼんでいく二人。

 半裸なのは申し訳ないけれど、それ以上に興味深いことがある。

 成程、これらは似非モーンストルムなのだ。


「私、物凄くふしだらだってこと?なんだか恥ずかしい————」


 彼女が自問自答していると校庭の中央から声が聞こえてきた。

 以前、不愉快にも自分を拐そうとした男の声。

 そして、今も拐そうとしている男の声。


「あいつは今、犯人捜ししてるぞ。俺はSOSを送った美夜君の救出役だから——」

「な?……お前、やっぱり僕に嘘を吐いていたのか!」


 やっぱり、待っているだけじゃダメだった。


「私、行かなきゃ。」


 だから、美夜は両腕がパンパンに膨れ上がった山之内の腕の下をすり抜けようとした。

 犯人という言葉の意味は分からないが、とにかく彼はここにいない。


「って、待てよ!場が白けちまったじゃないか。僕がせっかく見つけた宝物なんだぞ、君は。」

「美夜君!ダメだ、行くなって!連れてきちゃダメって姐さんたちにも言われてんだよ!」


 赤鬼と白い誰かが道を塞ぐ。


「はて。山之内君は良い人?悪い人?そっちの気持ちの悪いモーンストルムは悪い人。いいえ、悪いモーンストルムでしょうけど。」


 この縁の糸は美夜が手繰り寄せたものだ、だから彼の居場所はなんとなく分かる。

 だから、はて、どういうことかと思うことがある。

 けれど、その言葉を紡ぐのを空気を読まない男二人が邪魔をした。


「さっきからお前、その雰囲気と喋り方、何なんだよ。」

「やっぱり君にはお仕置きが必要だ。元カレが責任を持って、食べてあげないとねぇ。」


 その言葉に美夜はカチンと来た。

 彼の真似をしている男に。


「そっちのは眼中にないんだけど。でも確かに不愉快ね。顔は良く分からないけれど、目の色、髪の色。私の睦君の真似をして……、あぁそういうことね。フラれたから、睦君の真似をしている。確か、そういう噂もあったわね。その情けない男が実在したのね、達川さん?」


 その言葉に竜崎は激昂した。


     ◇


 山之内は美夜を怖いと感じている。

 風花、花凛、凛音に魅了されていて助かったとも言える。

 実際、あの三人がついてきた理由の一つが、山之内豊の暴走阻止だった。

 神社からこちらへ向かう時の話。


「睦君が感じられないということは、何もないということね。」

「でも、それが何よりのヒントですね。」

「だって、常にそこにあったものが正解ってことじゃん?」


 三姉妹は生徒の暴走の原因をほぼ特定していた。

 後は現場に彼を連れてきて確かめるだけだった。


「辻宮美夜。私たちが見た時は死にかけだったから、流石に気付かなかったわ。」

「幼い時に睦君に魅了されていたから、ですかね?」

「睦君の匂いが染みついていて、モーンストルムにも気付かれにくかったんだろうねー。」


 山之内豊は研究される為に大学に連れて行かれた

 ただ、その前から辻宮美夜も三姉妹の研究対象だったらしい。

 ライラが美夜を雇い続けていた理由の一つでもあった。

 勿論、そもそもは違う理由だ。

 ノスフェラトゥの魅了がなくなった人間を観察したい、それだけの理由だった。


「暴走の理由は美夜?……いや、確かに美夜は可愛くて美人で器量が良くて綺麗で優しくて頭が良くて聞き上手で料理もなんでも出来て、とっても素直で完璧な女の子だけど。」

「呆れるわね。そこまで思ってて、よく魅了を解除したものね。」

「でも、ただ外見が整っているからではないと思いますよ。」

「きっとモーンストルム器官を刺激する何かが出てるんじゃない?君は美夜ちゃんと一緒に居過ぎたし、一度結ばれた縁はなかなか消えないしぃ。だから睦君は気付けないんじゃん?」

「さぞや、美味しそうな匂いがしているんでしょうね。豊君?」

「そこで自分っすか?いや、その時は何も考えずにいいなぁって思っただけっすけど……」

「美味しそうな匂い?でも、ライラは何も言ってなかった。いや、ライラって起源が違っていたんだっけ。」

「ライラさんは魔女ですからね。怪人とは少しだけ違います。人間寄りの存在ですから。」


 改めて調査すると、神在月睦に魅了をされていた辻宮美夜でも、ある程度の匂いを発していたらしい。

 モーンストルム事件の一部が彼女の行動範囲内に集中していた、だからそうではないかと考えていたらしい。

 彼女は人身御供の性質を持つ、なんて考察もしていたらしい。

 ただ、彼女の生活は神在月睦の意志によって尊重されていた。

 彼女を自由にさせるだけで、一流鬼族いちりゅうきぞくを確保できる、それはメリットしかない。


「そんな少女の束縛の糸をどこかの誰かさんが解いてしまったんだよねぇ。ライラの話だと、彼女も束縛を解いてくれないでと懇願していたらしいじゃん。酷い男もいたもんだね!」

「う……。違うし。だってそんな大事なこと、美夜は——」

「凛音、冗談を言う時間はないわ。美夜ちゃんもその時は分からなかったんでしょ?幼い時から君に魅了されていたの。機能していない組織は収縮するのだし。そして、その逆も言えるわね。」

「フェロモンとでも言うべきでしょうか。溜まっていたものが一気に流れ出したんでしょう。学校そのものがおかしくなっても仕方ありませんね。」


 睦の友人が数日前に妙な電話を受けたという。

 ただの情報交換と思っていた電話先の相手が意味不明な言葉を喋り始めたらしい。

 だからということで、睦に報告したらしい。

 そして、病院へのSOS電話。



 ——そんな経緯で急遽決まった美夜奪還作戦なのだが。


「これ、救出しなくても……」


 濃紺の髪色がキラキラと靡く。

 そこから流れ出る香りだけで、彼女がかなり格上の存在だと気付かされる。

 だからこそ、そんな女を下卑た目で見つめる男に違和感を覚えた。


「——いや、あれを見てもこいつには余裕がある。どういうことだ。」


 三流鬼族と言われた少年は、異質の存在である辻宮美夜が怖い。

 彼女に手を出そうと思っていた自分が愚かに思える。

 それなのに、互角より少し下程度の力しかなかった男はどうして盾突けるのか。


「僕はフラれてなんかない!別に口説いてもいない!お前が勝手に僕にすり寄って来ただけだ!」


 禍根があるらしいが、あれを目の当たりにしてもそれを貫けるらしい。

 モーンストルムなら分かる筈だ。

 今の美夜からは美味しそうな匂いがほとんどしない。

 おそらく、彼女自身がコントロールしている。


「その割にはあっさりと投げられてた気がするんだけど?」

「当然だ。僕はまだモーンストルム化していないんだからねぇ!」


 その言葉に山之内は目を剥いた。

 少年は竜崎という教師を知らない。

 睦と瓜二つなのだから、吸血鬼ノスフェラトゥという種類のモーンストルムだと思っていた。


「——それに今宵をわざわざ選んだ意味を理解しているかい?」


 白髪の青年の周りに濃紺の霧が発生する。

 らせんを描く青い霧、それが彼の全てを包み隠す。


「嘘だろ。あいつは本当にモーンストルムになっていなかったのかよ。」


 人間の状態であれだけの強さを持っていた。

 それだけであれが護衛妖精スプリガン以上だと分かる。

 そして、あの姿。


「……狼男?そうか、だからこの学校は————」

「山之内、命令します。他の生徒全員をここから引き剥がしなさい。」


 少女からの突然の命令。

 だが、納得できる言葉。


「俺たちの在り方は、お月様に向かって、真っ直ぐに立つこと。了解したぜ。俺は出来ることをやる!」

「バカが。僕の高貴なる遺伝子を引継ぎし、モンスターたち。僕に倣って本気を出しなさい!」


『アオーン』と男が遠吠えを上げると、それに共鳴して遠吠えを上げる人間達。

そして、校庭に青い霧が立ち込めて。生徒たちがアレと同じく狼人間に変わっていく。

 生身の人間がいる違和感の正体がこれだった。

 モーンストルム化が出来なかったのではなく、彼らこそが成功作品だったらしい。


「昼間は人形ひとがたで人々を欺き、闇に紛れて人を食う。人狼の言い伝えのまま。……でも浅い。それくらいは分かるでしょ、山之内。」


 息を呑む。

 影岩区ウィナーズでしごいてもらった。

 ただ、それは胸を借りるだけで良かった。

 だから、この力がどこまで通用するのか、殺してしまわないか、不安でしょうがないけれど。


「当たり前っす。それくらいの予習は出来てるっすよ。」


 彼は赤鬼と言っても巨大な鬼ではない。

 少女よりはずっと強靭に見える肉体だけれど、多分あの子よりも弱い。

 ただ、少女が言っている意味は分かるから、両手を広げて体を大きく見える。


「友達も知り合いも、好きな先生だったいるんだ。だから、絶対に死なせない。それにお前らなら分かるよなぁ!基礎が出来てなきゃ、応用問題には手も足も出ねぇだろ!」


 大跳躍で集団の中に飛び込んで、地面を鷲掴みして歯茎を見せた。

 そこからの。


——覇軋りグラインディング

 

 ギリギリギリと空気を震わせる轟音と、ゴゴゴゴゴゴと、大地を唸らせる地鳴り。

 耳を劈く不協和音が彼らの思考を停止させ、二足歩行の人狼たちが次々に倒れこむ。


「全員、天才の俺に注目しとけ!そっちは頼んだぞ、お姫様!」

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