第32話 記憶のピース
少女が待っていた、噂の白銀の彼の姿はなかった。
だが、皆が噂する白銀の彼の姿でもある。
「竜崎ぃぃぃ!」
「なんだ。思いのほか元気そうだな。もっと怯えてくれないとやりがいがないんだけど。」
紺色のスーツの男の顔は歪んで見えるから、表情がはっきり分からない。
けれど、笑っていることは分かる。
「私はずっと元気よ————」
ここで心臓が脈打ち、耳鳴りが起きる。
ただ構わず少女は続ける。
「——私をここに閉じ込めて、あなたの目的は何?私を悪者にして何がしたいの?」
「あぁ、そういうことか。鈍感なのか間抜けなのか。それとも僕を騙しているのか。——まぁ良い。一応、形にはなった。丁度良いから君も見に来てくれ。あぁ、桜井君のことは心配しなくていい。彼も君を待っているからね。」
男は少女に背を向けて歩き続ける。
今は彼についていくしかない。
嫌な予感しかしないが、美夜はまだモーンストルムを知らない。
まさか、こんなことになっているなんて思っていないから。
「さぁ、真夜中のクラス対抗戦、後半開始だ!」
意味の分からない言葉。
けれど目の前の景色が、今まで思考の邪魔をしていた雑音の意味を、強制的に理解させる。
「何、これ。……何かの撮影?」
美夜の眼前にB級映画の世界が広がっていた。
タイトルをつけるなら「狼人間vs赤鬼vs人類」。
そこで再び少女の心臓が大きく跳ねる。
「これはあの方もお喜びになられる。実験大成功だよ。ほーんと効率が良くてさ。前半戦はリレーなんかやって体力別にクラス分けをしてみたんだよ。しかも大志館大付属でだよ?将来のエリートを集めてスクリーニングテストが出来たんだ!」
嬉しそうに語る男。
だが、美夜は未だに目の前の光景を受け止められない。
それが面白くて、竜崎は騒がしい鬼たちに向けて指を鳴らした。
「後半戦、やっていいよー。その前に選手宣誓でもしとくかい?九条君、桜井君?」
美夜は目を剥いた。
おそらくあの化け物たちも目を剥いている。
そして、二匹の赤鬼と一人の狼人間が美夜に向かってどたどたと走り始める。
「うそ……、あの洞窟の時と同じ……」
「美夜ぉぉぉぉ!僕が必ず勝つからぁぁ!」
赤鬼が人語を喋る。
「あー!先生ぃぃ、ご褒美、出しちゃったんですかぁぁぁ」
狼人間も器用に喋ってみせる。
B級映画の世界と現実は地続きだった。
「……桜井君と里奈ちゃんなの?」
「二人とも、遺伝子保有量はなかなかだったよ。だったからこそ、君の友達だったんだろうねぇ。君たち、選手宣誓が先だよ。」
怖い。
逃げ出したい。
洞窟の時の比ではない。
高校の生徒数の半分がここにいて、そのもう半分が化け物になっている。
人類だと思った人間も、皆がどこかおかしい。
体の所々が特殊メイクされているように見える。
「宣誓!僕たち」
「私たちは、スポーツマンシップに則り」
「正々堂々と殺しあうことを————」」
その瞬間だった。
美夜の心臓が、頭が爆発しそうになる。
怒りでなのかは分からない。
「竜崎ぃぃぃ!」
ただ、怒っているからこそ、少女は隣に立つ男の横顔をぶん殴った。
そして同時に美夜の死角で異変が起きていた。
「お前、何すんだよ!」
「あんた、何?不意打ちなんてスポーツマンシップの欠片もないわね。」
美夜の拳は竜崎の顔を横に捻らせた。
だが、拳ごと顔だけがゆっくりと動き始める。
首だけの力なのに、美夜は体ごと押し返されてしまう。
「いやいや。なかなか良いパンチだった。——それにしても面白い。僕の狂言を抗う赤鬼。君は……」
一匹の赤鬼が里奈だった狼人間と桜井だった赤鬼を突き飛ばし、そのまま大跳躍をして美夜と竜崎の間に飛び込んできた。
「しゃぁ、タイミングばっちし。っていうか、今まで見つけられなかっただけだけど。美夜君、待たせて済まなかったな。ここは俺に任せて早く逃げろ!」
「その声。赤鬼が山之内君の言葉を喋った……」
「おっと、勘違いしないでくれ。残念ながら俺は風花さん、……は兄貴が怒るから、えと花凛さんと凛音さんが待ってるんだ。俺と付き合いたいなら、その後ろの列に並んでくれ。」
「えっと、その列には並ばないし、私は逃げない。」
「はぁ?この状況が分からないのかよ!……クソ!」
その瞬間、山之内の声を出す赤鬼の体が校庭にはじき出された。
「成程。そういうこと。いやいや、面白くなってきたねぇ。彼一人とは考えられないし……。——やっぱり来ちゃうんだぁ。九条君、桜井君。ご褒美を捕まえといてね。」
白髪の男が髪を掻きむしりながら、校庭へと向かう。
それと同時に美夜の体が宙を舞う。
強い衝撃、多分普通の人間ならば死んでしまうくらい。
「が……はぁ」
そして蹴り上げた狼女はニヤリと笑った。
「美夜ぉ?死んでなきゃいいんですってぇ。また、助けられたいだなんて、人気者はすぐ調子に乗る。」
「自分では何も出来ないのにね。やっぱり美夜が僕がずっと大切にしてあげないと。」
「なーに言ってんの。私が勝ったら好きにしていいって——」
言い争う化け物たち。
けれど、美夜の口が紡いだ言葉は。
「……里奈……ちゃん。今、なんて……?」
「はぁぁ?私が勝ったら好きにしていいって言ったのよ。」
「違う……。その前!」
「いちいち、ムカつく。あんたは昔から人気者だから、また誰かが助けてくれるって思ってるんでしょ?逃げようとするでしょ、普通は。」
美夜の体が大きく脈打った。
記憶を繋げる大切な記憶が埋まっていく。
『私、また……助けられちゃった……』
その声が頭の中にある。
しかも、美夜自身の声で。
「私はまた助けられたって言ったの。」
「僕が助けるって言ったんだよ。覚えてるぅ?」
「違う。私が言ったの。私はあの時、『また』って言った。」
そして校庭側から大きな声が聞こえてくる。
「白い髪に赤い目?お前、睦みたいな奴だな。ってか、そっくりじゃん。兄弟か?でも、俺をこの辺の似非モーンストルムと一緒にするな。」
『むつ』という言葉と白い髪、赤い瞳というピースはすでに埋まっている。
教室にいたら、勝手に耳に入ってくる。
竜崎に嫉妬して、竜崎の真似をする少年としてだが。
「——私、思い出した。今まで、どうして思い出せなかったのかってくらい簡単なこと。私は体が弱かったの。それは自分でも分かってた筈なのに。」
解けかかっていた彼との糸が、少しずつ依り戻される。
「なーに、いきなり自分語り始めちゃってるわけ?口調まで変えて、ヒロイン気取り?」
「……あれ、待って。僕の力がおかしい。美夜を守るために手に入れた力が……」
少し前まで少女を縛っていた糸が再び彼女の体に絡みついていく。
そして、鮮明に見え始めた夢の描写。
『ねぇ、次はいつ帰ってくるん?』
『むつのお父ちゃんってこの町が嫌いなんかなぁ。うちはもっとむつと一緒におりたいのに……』
『えー。ほいじゃ、次はいつ来るん?うちは……』
言おうとして、結局言えなかった言葉。
あの時、自分の命が短いと言ってしまおうと思った。
結局、言えなかったのだけれども。
「私があの日、睦君にいつ会えるかと催促したのは、自分の命が短いと知っていたから。——でも、私の体は、心臓は、いつの間にか治っていた。あの時は奇跡と言われていたけれど、今ならはっきりと分かる。私は睦君に命を救われた。睦君の力で私の体は強くなった。……でも、そのことを睦君は忘れている?」
「あー、もう!私は先生とおソロだったのに!お前のせいかぁぁぁぁぁ」
美夜の精神状況に合わせたように、里奈狼と新次郎鬼の形が崩れていく。
里奈は竜崎とお揃いになっていたから喜んでいた。
新次郎は特別な力が付いたと喜んでいた。
そのきっかけの一つが美夜の放つ匂い。
「そうね、私のせいで正しかったのね。ごめんなさいね、二人とも。でも、今は興味ないの。——山之内君!睦君はどこ⁉」
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