第31話 狂暴化に理由

「豊君、君はどの辺りを歩いたの?」


 外だと言うのに白衣の女が三人。

 そして夕日を浴びて赤く反射する髪をフードで隠している青年。

 加えて、退学した学校の学生服の少年。

 その五人で神社参りをしている。


「この神社の外周は全部歩いたっすね。自分の作戦は美夜君の反応を見て臨機応変——、あ、なんでもないっす!」

「はぁ……。殺意が漏れているだけだから気にするな。——で、本当にそんなことが可能なのか。」


 国立大学の研究員の女達は睦もよく知っている女だった。

 なんせ、彼女達もモーンストルムだ。

 あの日、大野に命令されて、美夜を病院に連れ帰る手伝いをしてくれた三姉妹。

 相変わらず、モーンストルムは年齢不詳な者が多いが、魅惑的な三姉妹も年齢は分かず仕舞い。


「その可能性が高いというだけです。ねぇ、お姉様。」


 年齢不詳の一人目、次女の工藤花凛。

 今の髪は黒色だが、モーンストルム化すると緑色に変わる。


「えぇ。モーンストルムの遺伝子が少ない者が一斉に発現をしたんでしょ。」


 年齢不詳の二人目、長女の大野風花。

 あの大野の嫁。

 モーンストルム化するとオレンジの髪に変わる。


「可能性が高いのはウィルス感染じゃん?」


 年齢不詳の三人目、三女の工藤凜音。

 一番、明るい彼女の髪は青色に変わる。

 長女はさておき、彼女達は大野の旦那とため口で話す。

 そして鹿之助は彼女たちに敬語で話す。

 それくらい偉い人なのだろう。


「さ、流石っす!自分、そこまで考えてなかったっす!」


 山之内は大野家で過ごしている。

 そして、三姉妹と常に一緒に行動している。

 目にハートマークが浮かんでいるから、彼は幸せな日々を送っているらしい。

 細胞診とやらで、口の中や鼻の中を切り刻まれる日々でも幸せなのだろう。


「ウィルス感染?なんかゾンビものみたいな話だな。」

「そう。そのイメージで合っているわ。」

「ウィルスって人の細胞に自分の遺伝子を入れちゃうじゃん?」


 ほかの生物のリボゾームなど細胞内器官にDNAを複製してもらう。

 進化説の一つに挙げられるウィルス感染。

 その説明を森の中で聞く。


「確かにあの日、俺のクラスメイトも虫に刺されてた。それでその虫を探せと?」

「それは豊君に任せましょう。自分のモーンストルム遺伝子の残滓くらい自分で見つけて貰わないと。」

「うす!自分、頑張るっす!自分、モーンストルムになって良かったっす!」


 ライラは来ていない。

 仕事があるからと言っていたが、それなら自分も授業があった。

 勿論、仕事と学校は違うのだけれど、別に意味があるような気がしていた。


「それなら俺は何をすればいいんだ。こんなことをしている時間は——」

「何かを探すのですよ。一級の君じゃないと意味がないですから。」


 その言葉に目が点になる。


「なにそれ。悪魔の証明?」

「お!難しい言葉知ってるねぇ。偉いじゃん?」

「偉いって。マジでそうなのか。」

「頼んだわよ。君がいて初めて分かることなの。何かを探してくれる?」


 風花は涼しい顔で分からないものを探せと言う。

 睦は肩を竦めて、辺りを取り合えず歩き回った。

 ただ、何か探せと言われて、見つけられるほどの名探偵ではない。


「何かって言われてもな。虫を探しても意味ないだろうし、だったら臭いか?」

「睦君。そろそろ大丈夫です。こっちでも探してみて下さい。」


 暫くすると睦の顔を緑の羽毛がふわりと包み込んだ。

 成程、こういうことを気軽にするらしい。

 山之内豊が手懐けられるのも分かる。


「花梨さん、これ暑い。」

「あらあら。やっぱりつれないですね。流石です。それではよろしくお願いします。」


 その瞬間、睦の周囲に漆黒の霧が生まれ、瞳の柘榴が輝きだす。

 そして、犬歯が下唇の一部を押しのける。

 すると、隣からパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。


「おお!やっぱ純度が違うねぇ!あたし達とは血統が違うじゃん!」

「確かに、体中を調べつくしてみたいわね。」


 寒気がする言葉を平然と使う。

 ただ、モーンストルム器官が研究されている以上、過去には酷い実験もされているのだろう。

 今の睦にそんな過去を考える余裕はない。

 皆が褒めてくれるのなら、その力で何かを探すだけ。

 だが。


「……つまり、歯の刺激を探すわけだよな。あの似非鬼たちは何かを食べた?山之内は時期が来ていなかったから目覚めなかったんだから——」


 何も見つからない。

 だから、探偵風に考えてみたりする。

 その彼の脳は残念ながら、別情報にかき乱された。


「あったぁ!ありましたよー!お姉様!これ、ここ!間違いなく自分の匂いっす!嗅いでみて下さい!」

「嫌だけど。……ボウフラね。成程、これは偶然かしら。それとも。睦君の方はどう?」


 流石に悔しい。

 別に褒められたくはないし、豊のあれも褒められてはいない。

 これが、後輩に先を越された感覚。

 順風満帆に生きてきた睦が初めて抱く感情なのは間違いない。


「まだまだ。これからだっての。」


 すると、三姉妹が揃って笑みを浮かべた。

 お姉さま方の優しい笑み、いや嘲笑の笑み?

 頭が熱くなりそう、いやモーンストルム器官の方か。


「いえ、それで十分ですよ。私たちだけでは確証が得られませんでしたので。」

「確証?」

「そうそう。あたし達は二流以上、一流未満じゃん?で、君は一流以上特級未満。更にゆたゆたは三流ぅぅ。」


 実はモーンストルム器官の数で決まっていた階級制度。

 つまり特級は蝶形骨洞にまでモーンストルム器官が存在する、らしい。


「特級じゃないと見つけられない……」

「そう。けれど特級はいない。いえ、特級かもしれない存在はいるけれど、こんな木っ端実験に関わるとは思えない。」

「木っ端実験……」

「虫を操るモーンストルムがいると仮定してるのです。それ以外にも、彼奴らはありとあらゆる方法を試している。」

「彼奴等?それってウィナーズとかのこと?」

「あたしたち以外のウィナーズね。あたし達は、はぐれモーンストルムを匿ってるだけじゃん。」


 色違いのハーピーが代わる代わる語り掛ける。

 公の組織ルーザーズと、裏組織ウィナーズ。

 ただ、ウィナーズは一枚岩ではない。


「真のウィナーになる為に行動している組織もあります。彼奴等は平穏が嫌いのようです。」



     ◇


 美夜は満月を見つめていた。

 月が昇り始めて、二時間は経っただろうか。

 彼女は学校で何かが起きていることに気付いている。


「さっきの振動、外はどうなっているの?それに私……」


 月を見つめてずっと考えていた。

 まだ十五年しか生きていない。

 だから、もっとたくさんのことを覚えていても良い筈だ。

 だのに、所々記憶が欠落している。


「どうしてこの学校に来たの?陰謀で消された彼を探す為?」


 思い出す取っ掛かりが分からない。

 あと少しまで来ている筈なのに。

 多分、それに気付ければ全部思い出せる筈なのに。


『ズーン‼‼‼‼‼』


 ただ、その思考を邪魔をする雑音、轟音。


「あー、もう!うるさい!……えっと、私は水無月歯科に勤めてて、それは——」


 その話は両親にも聞いている。

 ただ、帰ってきた答えは家にお金を入れる為。


「でも、お父さんとお母さんは神無月に逆らえない。うちは……、いえ、私は……」


 ぼやける記憶に当てはまるピースがまだ足りない。

 あの少年は戦うとか意味の分からないことを言っていた。

 それは何のために。


「私のせいで戦っているの?あの竜崎という男が唆して……。——でも、私の知っているあの男の子はもっと……」


 一度しか顔を見ていないあの人の顔が、あのふざけた男の顔に塗りつぶされる前に。


「ここから出なきゃ……」


 そして少女は立ち上がった。

 見ないふりをしていたから、こうなった。

 待っているだけじゃ、何も変わらなかった。


 だから、少女は鍵がかかっている横開きの鉄扉に手を伸ばした。


『ギィィィィィィ』


 その時、少女は目を見開いた。

 伸ばした手の向こう側で勝手に扉が開き始めたのだ。

 そして。


「美夜。待たせたな。」

「——————‼」

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