第29話 観測、観察

「なるほど、興味深いな。過去を一切語らない少女か。」


 竜崎は桜井と九条の話を残さずすべてメモ帳に書き殴っていた。

 それを読みながら、一人PCに向き合う。

 通常の警察の管轄から外れたから、警察は何も話すことが出来ない。

 だから、ある程度の話をすれば、生徒は信用してくれる。


「水無月歯科に六名運ばれた。それだけで十分だった。後は僕の力でどうにでもできる。」


 彼が知らなかった山之内の話まで少年少女は話してくれた。

 これは報告すべき事案である。


「でも、どうするべきかな。辻宮美夜は撃たれた。でも、警察は動いていない。あの魔女が何かをしたと考えるべきだけど、辻宮美夜は人間側。だから口を噤んでいるのは有難いんだけど。」


 いや、そもそも。


「僕は変装するとしか言っていない。だからそこをどうやって誤魔化して報告するべきか。」


 彼は秘密を隠していた。

 だから単独行動をしている。

 潜入作戦は彼が担当することが多いから、今のところ怪しまれたことはない。


「あいつに化けて山奥で殺しちゃうのが手っ取り早いと思ったんだけど。美夜は全然近づいてこない。もしかして気付いている?……いや、それなら本物に動きがあってもおかしくないか。現在一級、将来特級予想の彼が参戦しても面白いとは思ったけれど。」


 因みに、もう一つの可能性が残っている。


「ショックによる記憶喪失。あれ、普通に死んだよね。無理やり蘇生させたか、魔女め。」


 無理やり殺す方法はいくらでも考えられる。

 ただ、その機会をいままで逃してきた理由もある。


「……辻宮の捜索で色々分かってきた。その検証は必要だな。もしも、それが本当ならあのお方も喜んでくださるだろうし。なにより僕が楽しい。問題は辻宮美夜の記憶か。記憶がないなら、特殊課が無理やり連れて行けばいい。でも、僕を騙しているんなら、ただでは済まさない。」


 だから彼は一計を案じた。


 教員という立場を利用して、辻宮美夜の感情を揺さぶる。

 今でもあの病院で働いているというのなら、間違いなく知っているだろう話をする。


「皆さん、こんにちは。今日の生物の授業ですが、ちょっとだけ趣向を変えてみます。僕は長くは居られませんので、どうしてもその話がしてみたいのです。」


 大注目の教師の授業に反対する者はいない。

 だが、一人だけ全く興味を示さない女子生徒がいる。

 しかもオリジナルが余計なことをしたせいで、彼女に話しかけることが出来ない。


 ……でも、関係ない。


「皆さんは人間の祖先についてご存じですか?勿論、ご存じですよね。ですが、こう考えていませんか?人類こそが最も進化した生物と。過去の偉人は人間は神に似せて作ったと言いました。果たして本当にそうでしょうか?」


 彼は熱視線を受けて、とある少年に問いかける。


「桜井君、何か思うところがありますか?」

「はい!もしかして、UMAとかの話ですか?例えば大男とか!」


 その言葉に大きな反応を示したのは二人。

 その中に先の興味を示さなかった少女がいる。


「そうです……と言いたいところですが、僕の求める答えとは少しだけ違いますね。確かに巨人はいたかもしれません。この日本にも鬼伝説が……、いえ、この話はやめておきましょう。」

 

 流石にカウンセラーの沽券に関わる話。

 勿論、それでもその話が出来るが、もっと効果的な話がある。

 つまりあの日、彼女にした話。


「私たちは、色んな旧人類との雑種です。アダムとイブ、流石に二人きりでは人類は生存しえないと思いませんか?ネアンデルタール人の遺伝子が発見されたのは有名ですが、人類があらゆる形を模索していた時代があった。僕はそう考えています。」


まだ、この程度では反応しない。

これは有名な話だから。

でも、ここから先の話は彼自身が少女に直接話したこと。


「実は歯にその特徴が残っています。例えば、犬歯。そこに別の人類の特徴が現れることがあります。……それを僕たちは先祖返りと呼んでいるのです。そうそう、なんでも先祖返りする時には歯が爆発しそうになるほど痛むそうですよ。」


     ◇


 白髪の青年は半眼を女医に向けていた。

 今、歯科医院はお昼休みである。

 午後1時半から三時半までは休憩、だから女医が寛いでいるのは理解できる。

 だが。


「今、授業中なんだが。俺を呼んだのは、それだけの理由?」

「えぇ、そうよ。君が似非モーンストルムと呼んでいた連中は、歯が痛いと言っていたのか、その確認よ。」

「そんなの電話で済ましたらいいだろ。っていうか、その話はした筈だ。あいつらはそのまま巨大化した。それもあって似非モーンストルムって思ったんだよ。」


 学校に行けとか、早退しろとか、あまりにも勝手すぎる。

 勿論、あの居心地の悪い学校から退散できるのであれば、何でも良いのだが。


「そうだったわね。でも、仕方ないじゃない。さっき電話が掛かってきたんだから」

「そっちの電話はいいのかよ。」

「それはそうよ。でも学校の電話やスマートフォンは信用できないわ。科学研究費の話をまた聞きたいの?」

「……それはいい。で、他に何が聞きたい?まさかそれだけってことはないよな?」


 魔女であり、歯科医である女は肩を竦めて首を横に振った。


「その時の様子を聞きたいって言ったでしょう?モーンストルム器官はどうなっていたのかと聞かれたの。私は直接見ていないし。私が見た時には歯が折れていたから。」

「仕方ないだろ。それが大人しくさせる方法って聞いてたんだから。」

「歯は外肺葉由来のエナメル器と間葉由来の歯乳頭が互いに信号を送りあって作られる。そしてモーンストルム器官は歯との相互作用によって発現をするの。つまり歯の信号無しにモーンストルム器官の発現は普通はありえない。」

「覚えてるよ。あの痛みは歯の信号を受け取ったモーンストルム器官からの信号。……つまり、歯の信号無しにモーンストルム器官が発現したってことか。……なんで?」

「そこをはっきりさせたいんですって。あの時、モーンストルム器官はちゃんと動いていたの?」

「……煙幕張ってたからなぁ。でも、えっと上顎洞とかだっけ?」

「上顎洞、前頭洞、篩骨洞、蝶形骨洞の四つよ。それが副鼻腔。人間の頭蓋骨は脳がびっちり入っているイメージだけれど、実はこーんなにすっからかんなの。」


 どこからか持ってきた頭蓋骨を見せつけながら話す女医。

 医者でなければ、美女も台無し……、と思いきや、美女と頭蓋骨の組み合わせも悪くない。


「んー、あんまり意識したことはないけど、俺の場合は確かに頬の辺りが熱くなっているかもな。」

「ふふ、まぁそこが一番分かりやすいし、ほとんどのモーンストルムが上顎洞に器官を持っているわ。……君の場合はそこに体液が格納されている。まるで蛇みたいね。でも、上流鬼族を甘く見ないで欲しいわ。おそらくだけど君の前頭洞と篩骨洞にもモーンストルム器官は存在している筈よ。」

「んー、そうなのか。だけど篩骨洞と蝶形骨洞は奥にあるから、多分あの時の目を通してもあんまり見えないな。」

「その瞳は篩骨洞の直上よ。目に力を持つモーンストルムはその部位に特異に反応を示すの。」


 パカッと開くように出来ているから分かるものの、実際はその上に肉があり皮膚がある。

 眼球に鼻腔に鼻中隔まで。

 ただ、今の言い方は別の考え方が出来る。


「蝶形骨洞は上流鬼族でも持っていないのか。」

「そう。蝶形骨洞にモーンストルム器官があるケースは珍しいわ。——いえ、あると考えられているだけという方が正しいかもしれない。理論的には存在するはずなのよね。それで、あの鬼まがい達はどうだったの?」

「たぶんだけど、上顎洞は活性化していた。あとは多分ない。」


 額は殴ったし、眼力も特に感じなかった。

 蝶形骨洞は激レアなのだから、なおさらありえない。


「ま、そうでしょうね。」

「予想していたなら呼ぶなよ。」

「まさか。予測と観測は全く異なる行為でしょ?」


     ◇


「——実はこの副鼻腔がなぜあるのか、実は分かっていません。一説には脳が重くなったゆえの軽量化、発音の為の共鳴空洞と言われていますが、真偽のほどは分かりません。つまり、副鼻腔こそが、別の人類の名残だったのかもしれません。」


 ここでチャイムが鳴った。

 結果は白。

 あの時は彼氏がモーンストルムだと一目で分かるように丁寧に伝えた。

 特級になってしまうかもしれない存在を退治する為にわざわざ一般人に教えたのだ。

 でも、ここにいる全員とまるで同じリアクションを取っている。


「すみません。あまり面白い話ではなかったですね。途中から私が研究している話に没頭してしまいました。次回からは生物学の続きをやっていきます。」


 ——次があれば、だけれども


 竜崎は全員が呆けていた教室を後にした。

 そして彼の口角が少しずつ上がっていく。


 辻宮美夜は一般人と同様にモーンストルムを知らない。

 あの魔女は強引なやり方で彼女を蘇生させ、その後は何の知識も与えずに放置している。


「魔女のきまぐれってところか?なんにしても、気持ちが抑えられない……、——あの子、食べちゃってもいいかなぁ。あの時、僕に恥をかかせたお返し、……絶対にしてあげるね。」

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