第27話 奇妙なカウンセラー

 連休明けの高校はとても静かだった。

 生徒に箝口令は布かれていない。

 静かなのは、副担任の篠塚の不可思議な説明があったからだ。


「警察から聞いた話です。二人は伊集院君のお兄さんの車でキャンプを抜け出して、そこで事故に遭いました。結構酷い事故だったみたいでね、地元の病院に通うことになったの。だからって言うのもおかしいわね。ご家族の意向で、伊集院君は転校することになりました。あと、途中で投げ出したことを山之内君から謝罪の連絡があったの。責任を感じてのことでしょうね。——彼は一身上の都合という形で学校を辞めることになりました。」


 伊集院と山之内がいない。

 一人は事故に遭い、もう一人は何故か退学した。

 たかがキャンプだった筈なのに、大学にいる伊集院の兄を含めた三人が学校を辞めてしまった。

 その話があったお昼休み、美夜が机に突っ伏していたので、友人の二人が気を使って話しかけた。


「美夜、足の調子はどう?」

「うーんと、まだ痛いけど、歩けんほどじゃないよ。」


 美夜は朝から、いや昨日の夜から同じことをずっと考えている。


(お父ちゃんにお母ちゃんにも、赤鬼の話はするなって言われた。うち、前から夢の話とか、存在しない男の子の話とかしとったけぇ、言わん方がいいって。それはそうかもしれんけど……)


 自分は夏休み途中から、おかしな発言を繰り返していると言われている。

 学校でも色々言われた。

 不文律がどうとか……

 結局、それが不幸ばかりの肝試しに繋がったとも言える。


 でも、この二人にはやっぱり聞いておきたかった。


「ねぇ。里奈ちゃんと桜井君は洞窟で、ほんまに何も見とらんの?」

「——ゴメン。僕は辻宮さんを助けるのに必死だったから。」

「私は洞窟に入ってもいないし……」


 桜井新次郎と九条里奈は悲しそうに肩を落とした。


 桜井も話したいことはある。

 大男を見たような気はする、でも警察に否定されてしまったから、もしかしたら見間違いかもしれない。

 あの男は煙幕の扱いが得意だったらしく、美夜の周りだけ殆ど煙がなかった。

 逆に言えば、それ以外はほとんど何も見えていない。

 その記憶さえ、時間と共に記憶が薄れていく。

 ただ彼が、彼女の力になれないと、自分を情けなく思った時、彼の手が優しく握られた。


「桜井君、里奈ちゃん。本当にありがと。」


 それだけで桜井は頑張ってよかったと思えた。

 九条も彼女が無事で本当に良かったと思えた。

 ただ、実は美夜の頭の中はぐしゃぐしゃのままだった。


 そういえば、助けてくれた二人への感謝を伝え忘れていた。

 こんな子供の言葉が信用される筈がない。

 美夜はやはり自分はおかしいのだと、心の中で頭を抱えていた。


(うち、何聞いとるんよ。そんなのあとでええじゃん。うちはほんまに危なかったんじゃもん。二人がおらんかったら——)


「悔しいけど、何も分からないわね。私も桜井も、洞窟まで案内されただけで、結局あの二人は見なかったもん。全員、数十キロ離れた歯科医院にいたって言われても、納得なんかできないけど。……でも、私は美夜が無事で良かったと思ってる。」

「僕もだ。僕だって、よく分からない。でも負けたくない。僕は辻宮さんを守りたいんだ……」

「桜井君……、ありがとう。」


 その告白と変わらない言葉を口にする少年を、中学から知っている少女はにこやかに受け流した。

 九条はそんな彼を切なそうに見守っていた。


「皆さん、午後の授業の前に報告があります。」


 そんな彼らのアンバランスな青春は女性教員・篠塚未来によって水を差されてしまう。


「担任の真鍋先生がしばらく自宅療養することになりました。理由は聞かないでくれると嬉しいかな。それで副担任の私が担任を任されました。それで……、えとどうぞ」


 その直後、教室のドアが開き、生徒がどよめいた。

 桜井は二度見し、九条は目を剥いた。

 美夜は二人の視線を追って教壇を見たが、すぐに視線を反らしてしまった。


「えと、それはあのそれでいいんですけど、……えと、と、隣にいる……、いらっしゃるのは真鍋先生の代わりを……、いえ、代わりとかではなくて、その……」


 副担任が機能していない。

 というより。

 あぁ、彼女も女なのだと思わざるを得ない、恥ずかしい雰囲気。

 ただ、それはおそらく男子生徒しか抱かない感想だろう。

 女子生徒は篠塚など目に入っていない。


「篠塚先生もお疲れですね。無理もありません。では、続きは僕から言わせてください。」


 ハッとするような美麗な顔立ち。

 そして立ち姿も仕草も美しい若い男。


「しばらくの間、真鍋先生が受け持っていた生物の授業は僕が行います。本当は心理学と民俗学の方が得意なのですが、授業項目にありませんから我慢します。あと、ここからが大切な話なんですが——。」

「あ、えと。当面、最後の授業は竜崎先生との個人カウンセリングを受けてください!警察からそう言われているんです!」

「……あの。自己紹介は自分で行うつもりでしたが、……このように竜崎瑞樹と書いて、りゅうざきみずきと読みます。よろしくお願いします。」

「え!あ!す、すみません!」

「篠塚先生。一番言いにくい話をしてくださって、有難うございます。僕は皆さんのカウンセラー役も兼ねております。そちらの方が僕の本当の仕事なのですが……。真鍋先生の話を聞いて僕の方からピンチヒッター役に立候補させてもらったんです。拙い授業かもしれませんが、よろしくお願いします。」


 篠塚先生の反応は無理もなかった。

 彼の一番大きな特徴は真っ白な髪に真っ赤な瞳、そして血管が透けて見えるほどの真っ白な肌の色だった。

 ファンタジーの世界を演じる海外人気俳優と言われても納得のビジュアルである。

 ハッキリ言うと、彼の風貌はモーンストルム化した時の神在月睦のそれであった。

 その男はにこやかに微笑んで、落ち込んでいる篠塚をもフォローする。


「皆さん、個人カウンセリングと言ってもそんな仰々しいものではありません。日ごろの悩みでも構いませんし、何でも相談してくださいね。篠塚先生、教職員もそれに含まれますから、どうぞよろしくお願いします。」

「は、はい!よおしくおねがいします!」

「それではまた、生物の授業。もしくはカウンセリング室で。」


 CG映画顔負けのスーツ姿の彼は退室し、頬の紅潮を残したまま篠塚担当の歴史の授業が始まった。

 進学校には珍しい、学級崩壊並みにお喋りをしている生徒も彼女の耳には入らない。

 今日の彼女の授業は義務感満載のものだった。


「里奈。あの人って——」

「うん。でも、カミアリって名前じゃなかった?それに確か、公立高校の生徒さんだった筈」

「あれって僕たちが会話の中で勝手に影岩高の生徒って思っちゃっただけじゃないかな。先生に意味の分からないあだ名をつけるってよくあることだし。流石にあれで別人はないでしょ。」

「……確かにそうよね。口癖とかであだ名ついたりするし、影岩高の人たちも焦ってたし。ついそっちで呼んじゃったのかも?」


 長谷部はカミアリ、白い髪の男と言った。

 だが、クラスメイトとは言っていない。

 いや、あんな特徴的な見た目で別人なんて考えられない。

 クラスの中には白髪の高校生の噂を知っている人間がいるかもしれないし、神在月睦という名前を聞いた人間もいるかもしれない。


 ただ重要なのは、桜井と九条がその噂を知らなかったことだ

 彼女が影岩高校に通っていた時代をを語らないのは、『教師と付き合っていたから』で説明できてしまう。


 ——それが大きすぎた。


 だから二人して、美夜の顔色を窺う。

 

(さっきの先生、気持ち悪かったな。それに亀有さんみたいな白い髪の人って結構いるんじゃね。亀有さんかぁ。一回しか顔を見たことないんじゃけど、うち、ドキッとしてしもうたんよね。いけんいけん。うちは幼馴染を探しとるんじゃけん。茶色の髪の男の人、本当に信じていいんじゃろうか)


 美夜はその時、全く関係ないことを考えながら、窓の外を眺めていた。

 その顔は傍から見ると何を考えているのか分からない顔。

 もしくは表情を悟られないようにしているのか。

 けれど、自分で導いてしまった答えは妄信してしまうもの。

 彼を見た彼女は目を逸らしていたではないか、と。


「もしかして、美夜ちゃんがこっちに戻ってきた理由って……」

「長谷部さんが辻宮さんのことを話さなかった理由って、そういうことだったんだ。」

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