第25話 事件の後(上)

 二階堂鈴と長谷部雄介は言葉を失っていた。

 

 そこに至るには少々遡る必要がある。

 彼らは道を遡った先で、辻宮美夜を背負って運ぶ少年と、心配そうに歩く少女を見つけた。

 背負っているのが美夜でなければ、声を掛けなかったかもしれない。


「もしかして美夜ちゃん?えと、大志館大学付属の生徒さんですか?」

「辻宮さん、こっちの高校に入っていたのか。でも、人数が足りていない。確かあと二人いる筈だが。」


 美夜は気を失っているようだったので、全く知らない二人に聞くしかない。

ただ、その瞬間少女は膝をついて泣き出してしまった。


「ふぇぇぇぇぇ、普通の人だぁ。桜井ぃぃぃ、私たち助かったよぉぉ!」

「い、いや。まだ安心できない。あいつらが捜しているかも。あいつら、知らないやつらを連れてきていたんだ。早く警察を!」


 そしてもう一人の少年も酷く怯えていた。

 黒煙の中で、なんとなく見えた大柄な男たち。

 美夜を助けなければならなかったから、煙幕の中の観察は出来ていない。

 勿論、それも彼の計算だったのだが。


「どうする?」

「どうするも何も、美夜ちゃんを放っておけないわよ。カミアリ、肝心な時に……」

「あ、そうだった。カミアリを忘れていた。なぁ。どこかで白髪の男を見なかったか?」


 すると少年少女は顔を見合わせてこう言った。


「あの人のこと、……かな?暗かったし、フード被ってたからよく分からないけど」

「僕たちに辻宮さんの居場所を教えてくれたんだ。それで助け出す手伝いもしてくれて……、でも僕たちは辻宮さんを連れて逃げろとしか言われてなくて。」

「あ、でも桜井が洞窟に入る前に私、言われたかも。……あの、影岩公立の方ですか?」

「ん、そうだけど。……っていうか、誰がサポートしているかも聞いていないのか。」

「で、その男はなんて言ってたの?」


 たった一歳しか違わなかったけれど、桜井新次郎と長谷部雄介では体格がずいぶん違っていた。

 だから、長谷部は彼の代わりに美夜を背負っていたのだが、彼女の言葉に危うく美夜を落としそうになった。


「えと、俺は帰るって伝えてくれって」

「はぁぁぁぁぁぁぁ?」


 長谷部達はこの後、無事に真鍋教員の元に辿り着いた。

 彼は苛立った顔をしていたが、生徒の顔を見た瞬間に笑顔を取り戻して、美夜が気を失っていると聞いて青い顔になった。


「と、とにかく医務室に運ぼう。えと、君たちは……」

「ボランティアで呼ばれた学生です。」

「そ、そうか。えと、電話を……」

「先生、ここは電波入りませんよ。その無線で救急車を呼んでください。あと、警察もです。伊集院く……、いや伊集院と山之内が辻宮さんを拐かそうとしていました。」

「ちょーっと待て。とにかく、医務室だ。今すぐ車を呼ぶからな、な!」


 彼の百面相を楽しめる者はこの中にはいなかった。

 ただ、情報量が多すぎるのもあり、ひとまず医務室に全員で移動する運びとなった。


 そしてここで声を失う場面が訪れる。


「美夜ちゃん、気が付いたの⁉」

「美夜!大丈夫か?お前、付属に行ってたんだな。」


 長谷部と二階堂は彼女と何度も会話を交わしている。

 だが、少女の視線がおぼつかない。

 それどころか。


「あの。どちら様でしょうか。」

「え……」

「あ、そか……」


 ただ、彼らがここに来た理由が脳裏に過る。

 だから言葉を失ってしまったのだ。


「む……。いや。大丈夫なら、それでいいか。鈴、俺たち行こうか。一応、俺たち部外者だし。」

「でも、彼は……。いえ……、なんでもないわ。お大事にね、美夜ちゃん。」

「お大事になさってください……」


 美夜は、お大事にという言葉に、ついいつもの癖でお大事にと答えてしまっただけ。

 けれど、それが更に他人行儀に聞こえてしまう。

 睦の言葉が本当で、それで彼女はあの記憶を消したいほどに憎悪しているのか、それとも本当にストレスで記憶喪失になってしまったのか。

 睦の名前を出しそうになった長谷部は、そこで考えるのを止めた。

 二階堂は二階堂で複雑な気持ちになって、話すのを止めた。

 そして彼は彼女の顔を見て、耳元で呟いた。


「お前、憎みそうになってるだろ。……でも、なにがどうなのか分からない。あんまり考えすぎるな。」

「……うん。分かってるわよ。でも、一応あの二人との繋がりは作っておきたい。」

「分かった。俺がやっておくよ。お前は早くテントに戻れ。」

「あいつのことは上手く伝えておくわ。後は宜しくね。」


 長谷部は今回のボランティア10人の代表者だったので、この場に残った。

 そして、とりあえずと桜井と番号交換をして、軽く会話をした。


「じゃあ、辻宮さんは一学期の間、影岩高校にいたんですか?」

「あぁ。ただ突然転校したんだ。っていうか、それも知らなかったのか?」

「だって、美夜ちゃん。その時の話を全然してくれないから。」

「そうか……。」


 話していて温度差を感じてしまった。

 彼らは彼女のことを全くと言って良いほど、知らなかった。

 だから、下手に話を聞いてしまうと、こっちの情報も出さないといけない。

 けれども、どこからどこまで話して良いか分からないので、会話は進展しない。

 幸いすぐに警察が来て、事情聴取をしてくれたから、深い話はせずにすんだのだが。

 その後、救急車が来て美夜と彼女の付き添いにと教員一名と九条がいなくなったところで、長谷部も自身のテントへと戻った。


 そして、次の日。


「……え?なかったことにする、ですか?」


 女性教員が来て、茶色の封筒を差し出しながらそう言った。


「ええっと。キャストとしてのことはこの通り、お礼を申し上げます。……ですが、私も実のところ意味が分からなくて。辻宮さんの証言もうちの生徒が赤鬼だったと。その赤鬼のようではなく、赤鬼だったとしか仰っておらず。それにその加害者と思われる生徒も例の場所にはいなくって。それどころか数十km離れた病院にいたと警察の方から連絡があって……、そのそちらの生徒さんも一人いらっしゃらなかったですよね。幸い、辻宮さんも軽い捻挫だけですし……」

「は、はぁ。確かに神在月は昨日帰りましたが、でも彼は……」

「ですので、お互いに公言はしないようにと警察の方に言われたのです。もしも何かがありましたら、そちらの教職員に連絡いたします。」


 子供は小遣いで黙っていろ、丁寧な喋り方でも内容はそう言っていた。

しかも、警察という言葉を連呼することで、それ以上は何も言えない。


「長谷部。あんまりあっちの高校とも関わりたくないし……。もう帰りましょ。」

「あぁ、帰ろう」


 長谷部は二階堂の気持ちを汲みつつも、今も病室のベッドで寝ているだろう、謎多き少女の行く末も案じていた。

 たった一か月と少しで、おかしくなった二人。

 その濁流に飲まれそうになる学生たち。


「後は、あいつが真実を話してくれるまで待つとしよう。」



     ◇


 そのおかしくなった一人の女子生徒は、軽い痛みを感じながら病室の後片付けを始めていた。

 もうすぐ、両親が迎えに来る。

 ただ、彼女の心の中こそが濁流である。


「えとね……、白い髪の毛で赤い瞳が綺麗な男の人。その人が美夜ちゃんの居場所を教えてくれたの」


 昨晩の友人の言葉。


「亀有って呼ばれてたんだっけ。」


 名前はさておき、見た目の特徴から思いつくのは一人しかいない。

 水無月歯科クリニックに時々来る技工士さん。

 病院に怪我をしたと電話をしたところ、完治するまでは来なくて良いと言われてしまった。

 だから、あと二週間はその技工士さんに偶然出会うこともないだろう。

 ただ、人違いの可能性の方があるから、会えたとしても簡単に聞くことは出来ない。


——いや、それよりもだ。


「私は茶髪の男の人と一緒にいた。彼は本当にいた……の?でも、伊集院って人。頭おかしかったし。信じていいのかも分からない……か。」


 彼女も解決の糸口を掴めずにいた。

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