第23話 美夜の肝試しルート

 二階堂と長谷部が頭を抱える一時間前に遡る。

 AからGまでの八組に分かれての肝試し大会。

 途中で合流すると興が削がれるということで、10分おきに一組ずつ出発することになっていた。

 だから美夜は一時間も暇を弄ばなければならない。

 勿論、途中までは桜井と九条が居てくれたので、待つ時間は30分である。

 ただ。


「ねぇ。まだ行かんの?うちたち最後じゃけん、遅くなるよ?」

「美夜君。これは美夜君の為に用意したイベントだよ。せっかくならいっぱい楽しもう。それにナガレがいることを鑑みると、俺たちは簡単に追いつけちゃうんだよ。な?」

「まぁ、この辺は小さい頃の俺の遊び場みたいなもんだからな。どの辺にお化け役が配置されるとか、大体分かる。っていうか、ほんと何もない神社だから、まっすぐ進んだらあっという間に終わっちゃう。」

「でも……」


 美夜はそっと視線をスマホに移した。

 時間を確認したかったのだが、その時にここが圏外であることを知った。


『こちらA地点。異常なし。他の生徒も全員通過』

「うん。オッケー。そろそろ大丈夫ってことね。」


彼らは運営だからか、大きめのトランシーバーで誰かとやり取りをしている。

 この肝試しは入り口と出口が違うから当然かもしれないが、こっちにはもう誰もいないのだから不安にもなる。


(うー。うち、山之内君なんか苦手。伊集院君もあんまり話したことないし。)


 ただ、友人関係は大切にと、未だに迷惑をかけっぱなしの両親にも言われている。

 同級生の両親が、実は父か母の会社の偉い人の可能性だってある。


「よーし。大丈夫みたいだ。俺たちも出発しよう。ナガレ、頼んだよ。我らがお姫様はファンタジーがお好きなんだ。」

「あー、分かってる分かってる。……ったく、兄貴たちもいい迷惑だろうけど」

「え?伊集院君のお兄さん?」

「違う違う。ナガレは定期的に兄上に連絡しないといけない病気なんだ。」

「なんだよ、それ。ま、いいじゃん。早く行こうぜ。」


 ここ最近思うことがある。

 いや、それは夏休み以降、ずっと考えていたことだけれど。

 自分は今までどんな顔をして彼らと接してきたのだろうと不安に思う。


「うん。行こう行こう!うち、神社とか好きじゃけん!それにこんな本格的なお化け屋敷も、……たぶん、行ったことないし。」

「それは良かった。どう?手を握ってくれて構わないけれど?」

「それはいいかな。」


 とにかくこのイベントは早く終わらせよう。

 そう思った美夜は赤いLEDで照らされる道を我先にと歩いていった。

 ただ、彼女の足はたったの30mで止まってしまう。


「ん?美夜君、どうしたんだい?ほら、このろうそくの通りに進むだけだよ。」

「え、うん。分かってます……」


 方言が出てこないほどの嫌な予感が分かれ道の正しい方から漂ってくる。

 お化け役が驚かそうとしているのだから、嫌な予感は当然かもしれない。

 けれど、彼女にはその感覚に覚えがあった。


(うちの体、なんで動かんの?お化け屋敷が怖いんかなぁ。……ひ!)

 

 ただ、そこで少女はつんのめりながら前に飛び出してしまう。

 誰かに押されたから、というよりも体を触られそうになったから、反射的にそれを躱してしまったのだ。


「チッ。……あ、いや。なんでもない。さぁ、進もうか。赤鬼伝説の主役、鬼の足跡参りといこう。」

「鬼の足跡?」

「んーと、一応観光名所。行けば分かる。ほら、赤いランプの通りに進みなよ」


 道が不気味というわけではない。

 ただ真っ暗だから、どこに神社があるのかは分からない。

 こんなことなら下見に行っておくべきだったが、残念ながらスケジュールはびっちりと埋まっていた。


「あれ?お化け役……、どこにもおらんのん?なんか、うち、道を間違えたんかな?」

「いやいや。そんな直ぐには現れないさ。そんなことより、美夜君のイマジナリー彼氏の話、聞かせてくれないかな?」


 そしてここであの話が振られる。

 里奈が命名したイマジナリー彼氏。

 それこそが、このキャンプの発端と言っても良い。


「えと——、うちも最近、よう分からんと思っとるんですけど——」


 本当はこんな前置きを入れたくない、と少し前なら思っていただろう。

 けれど、学校で授業を受けるとき、友人と話をするとき、家に帰って家族と話をするとき。

 皆と話をすればするほど、五歳の頃の自分の記憶が薄れていってしまう。

 顔も思い出せない男の子は、本当に夢の中だけの男の子だったのかもしれない。


 ——ただ、実はこれこそがこの男の狙いだったらしい。


「美夜君。実はそれ、俺かもしれない。いや、あれからずっと考えていたんだ。俺もそういう約束をした記憶がうっすらと残っているんだ。あ、違う!ゴメン、忘れてくれ!その約束を果たそうと言いたいんじゃなくて、これからの俺を見ていて欲しいんだ。」

「——え?何を言っとるん。山之内豊って名前じゃないんじゃけど。」

「あぁ。名前を変えたからな。ま、嘘か本当かなんてどうでもいい。」


 明らかに様子がおかしい。

 ただ確かに、自分の主張にも何の証拠もないから、彼の話も否定することが出来ない。

 彼が夢の中の少年であることと、周りの様子がおかしいこと。

 色々と思うところはある。


 ——でも


「浅い考え——」


 少女は自身の口から漏れ出た言葉に、自分で驚いてしまった。


「ん?今、何か言ったか?」

「あ、ううん。なんでも……ない。っていうか、ルートを進もう?」

「そうっすね。この先に通らないといけない場所があって、そこがいわゆる名所なんだ。」


 戸惑う美夜は自分の口を抑えながら、彼が指差す茂みを見やった。

 成程、確かにそれっぽい場所があるし、説明文が書かれているのだろう看板もある。

 そして何より、赤いLEDが続いている以上、ここが正規ルートなのだ。

 この先に里奈も桜井もいる筈。

 たかが、学校行事なのだし、早く帰らないと明日のテスト勉強が出来ない。

 だから、というわけだけではないが、少女は不用意に薄暗い洞窟に足を踏み入れてしまう。


「あれ。奥に誰かいませんか?」

「——え?あぁ、確かに!そこ、怪しい音がしたぞ。おい!出てこい!」


 すると洞窟が煌煌と照らされて、ガラの悪そうな男たちが姿を見せた。


「おうおうおうおう。俺たちのアジトなんだが?カップルでイチャイチャするための場所じゃねぇんだよ!」


 伊集院流は肩を竦めて、一歩二歩と後ろへ下がった。

 明らかに詰め込み過ぎた幼稚な脚本、その片棒を担がされていることに吐き気がする。

 そして美夜は彼の行動には気付かずに、悪漢を睨みつけた。

 と、その前に今回のヒーローになる予定の男が何かを言った。


「成程、心霊スポットは幽霊よりもこんな連中が——」

「うちら、カップルじゃないけぇ。っていうか、全然お化けじゃないじゃん!」

「あぁ?なんだ、てめぇ。」

「待て、悪漢ども!この俺を山之内豊と知っての狼藉か!」

「ねぇ、伊集院君。ここが鬼の足跡なん?」


 伊集院流は美少女に突然振り向かれて、肩を浮かせてしまった。

 そして、ポケットにしまった手を取り出して、ポリポリと頭を掻く。


「あ、あぁ。そこの地面がちょっと窪んでて、見ようによっては……、——て、辻宮さん?今の俺らヤバイって。全く、先生が下見に来たんじゃないのかよ。俺、先生を呼んでこようかな……」

「こういう肝試しじゃないん?うち、こういうの慣れとるけん、あんまり怖くないけど。」


 伊集院はどうにかシナリオ通りに進めようと思ったのだが、彼女のその言葉に強く反応を示した。


「——はぁ?慣れてるってなんだよ。つーか、こいつらは多分地元の不良だよ。それくらい分かれよ。」


 物分かりが悪いのか、それとも煽っているのか、彼女を見ていると色んな感情が湧いてくる。

 ただ、そのやり取りをシナリオ進行と見做した男が勇猛果敢に叫ぶ。


「そうだ、美夜君。こいつらは学校関係者なんかじゃあないぞ!おい、てめぇら。彼女に一歩でも触れてみろ。この俺が許さんからな!」


 美夜だけ勘違いをしている、とここにいる全員が思った。

 だから、このままではアピールタイムに入れない。

 山之内の言うことなら何でも聞く伊集院と、伊集院が用意した地元の不良と彼自身の兄。

 

「可愛い姉ちゃんは、こういうのも慣れっこなのかぁ?」


 流の兄、うしおは、眉目秀麗な少女の腕を掴もうとした。

 だが、次の瞬間には鬼の足跡に見える大きな窪みに投げ飛ばされていた。


「キャストはゲストに触っちゃいけんって、教わらんかったん?」

「だから彼らはキャストじゃ……。って美夜君、それは護身術か何か?」

「ん-、よう覚えとらん。でも、うち。何度も絡まれたことがあって……。あれ、あったっけ?」


 投げ飛ばした後に、突然俯いて考え込む少女。

 美夜は忘れているが、睦と共に過ごした日々で何度も絡まれたことがあった。

 そして、その度に少女は撃退していた。

 彼にその辺にしてやれと言われるまで、ボコボコに殴り倒したこともある。

 種を明かせば、それもノスフェラトゥの権限で与えられていた力。

 それを少女の体は覚えている。


「ナガレ、これはどういうことだ。」

「知らねぇよ。つーか、そうだな。辻宮さん、とりあえずさ。俺たちの話を聞こうか。」

「え……、話って何?」

「ちょっと待て、ナガレ。何を言っている。ここで俺が悪鬼羅刹を追い払う。そうだろ⁉」

「チッ。いちいちムカつくな。その前に話すことがあるだろうが。辻宮美夜、俺はなぁ、お前が茶髪の男と歩いてるのは何度も見てんだよ。」


 その言葉に少女は立ち眩みを覚えた。

 そんな記憶はない。

 でも、夢の中の少年の髪色も茶髪と言えなくもなかった。

 ただ、今は考えるべきではなかった。

 次に宙を舞ったのは、美夜自身だった。


「おい!ナガレ、お前は何を!」

「うっせぇ!こちとら、中一んときのこいつにコクってんだよ!お前のことが好きでたまらなかったのに、この夏で大人になりましたってか?分かってんだよ。如何わしい仕事もしてんだろ?噂になってんだよ。てめぇとてめぇの元カレ、カミアリとの乱れた関係がなぁ!てめぇはもう汚れちまったんだ。——だったら、俺が食っても問題ないよなぁ!」

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