第22話 肝試し

 辻宮美夜は安堵していた。

 告白ラッシュが続いた後の非日常的な空間での日々だ。

 このキャンプでは、もっと大変なことが起きると思っていた。

 でも、今のところは学校の延長でしかなかった。


「うち、自意識過剰だったんかも。うちは所詮イモ女じゃけん、物珍しさで遊びたいって思われとっただけなんかも。」


 実は軽く傷ついてした少女は、皆が集合している登山道入り口へと向かった。

 勿論、彼女の側にはいつものように九条里奈と、桜井新次郎がいる。

 因みに登山道の途中から例の曰く付きだった神社への道があるらしい。


「そうかなぁ。美夜は中学の頃から人気だったし、こいつ桜井も一度は狙っていたんだよー。」

「ば!な、なにを急に!……ただの憧れだから。それに僕は——」


 彼は何かを言おうとして、そのまま口を噤んでしまった。

 ただ、美夜は美夜で次第に暗くなる道に口数を減らしていた。


「……あの、うち。別にスピリチュアルとかじゃないけんね。山之内君が勝手に話を進めちゃって……。」

「はぁ……、でも。未だにその時の夢を見ているんでしょう?」


 そう。

 あの日のことは今でも夢に見る。

 でも、夢の中のあの子の顔は次第に見えなくなっていて、このまま忘れていくのではという恐怖と、——それで良いという達観がないまぜになっている。


「——うん。うち、結婚するって約束したし。あの時のうちは体が弱くて、あんまり遊べんかったのに、あの子はそんなうちと一緒に色んなお話をしてくれたんよ。ほとんど都会のことばっかじゃったけど、うちは楽しかった。」

「ん?辻宮さん。それってその幼馴染は地元には住んでいなかったということかい?」

「あ、そっか。そうなるよね。じゃあ、少なくとも地元の子じゃなかったんじゃない?そもそも神無月家の子じゃなかったとか?」


 美夜は少し目を開けたが、そのまま瞑って首を振った。


「ううん。間違いなく、神無月家の男の子。最後に会ったのは、神無月のお婆ちゃんのお葬式だったし。」

「ふーん。あ、なんかあそこで一度集合みたいよー。私、懐中電灯じゃなくてスマホライトなんだけど、大丈夫かなぁ。」

「うち!ちゃんと懐中電灯持ってきたよ!リストに書いてあったし。」

「いや、辻宮さん。どうやら班分けはまだ決まってないらしいんだ。僕たちが一緒に行動できるかどうか、まだ分からない。」

(はぁ、その発端がうちのスピリチュアル趣味。そんな趣味ないんじゃけど……)


 私たちは今回の肝試しの班分けを待っている。

 だから、こんな暗闇で身を寄せ合うようにしている。

 残暑が残っているとはいえ、流石に山の夜は冷える。


「ね。美夜!手を繋いでいい?」

「うん。ええよ。……でも、どしたん?寒いん?」


 里奈の手は冷え切っていた。

 女子同士で握っている手を羨ましいやら、恥ずかしいやら、ないまぜの気持ちで桜井が半眼で見つめていた。


「美夜はやっぱりこういうの慣れているのか?い、いや。怖いというわけではないんだが……」

「桜井、やっぱり怖いんだー。って、私も怖いけど。美夜ちゃんがいるからどうにかなってる感じ。……非科学的って言っても、やっぱり夜の山って色々怖いじゃん。昨日の夜に怖い話なんてするんじゃなかったぁ」


 私だって怖かった。

 夜の山なんて入るもんじゃない。

 それはどこだって常識だろうけれど、私の感じている恐怖と二人の感じている恐怖は多分違う。


 ——私は、このねっとりと絡みつく恐怖を知っている?


 つい最近の記憶のような気もするし、ずっと昔、それこそ瀬戸内海の大似島の記憶かもしれない。


「でも、学校の先生とかOBさんとかOGさんとか先に入っとるんよね?」

「OB、OGが参加してるとは言っても、多分違うんじゃない?お金持ちさんなんだから、誰かを雇ってるって感じかなぁ。あ、くじ引き、私たちも番だよ。」

「それに教員も何故か探索組らしい。いよいよ胡散臭くなってきた。」


 そして女性教員・篠塚雅子が手招きをして、彼らを呼んだ。

 彼女も今日までの三日間、とても楽しそうにスポーツを堪能していた。

 きっとそれ以外にもメリットがあったのだろうか、休みなのにとボヤいている教員は一人もいなかった。


「私たちも楽しみなの。でも、教員組は安全確認も兼ねているし、それが終わったらキャストとして参加するのよ。たっぷり怖がらせてあげるからね!」

「うう、お手柔らかにお願いしますぅ」

「大丈夫。昨日も下見に来たし、迷う感じじゃなかったよ。えっと、しおりに書いてあると思うけど、神社の裏に道があって、そこを抜けるとハイキングコースに出るからね。真鍋先生が神社の裏手に待機しているから、どうしても無理だったら真鍋先生を呼んでね。」

「篠塚先生、まだこちらにいらしたのですか。そろそろB組が出発しますので、あとは僕たちがやっておきますよ。」


 山之内、そして伊集院がこちらに駆け付け、そして、くじを引かされる三人。


「教員からは二人参加……。これは——」

「あ、うちはG組だってー。G組は……」

「おお、美夜君!君はラッキーだな。俺たちと同じ組だ。」


 だが、桜井がそこであることに気が付く。

 先にくじを引いた桜井はD組に合流すべく移動を始めていた矢先だった。


「クソ、人数合わせか。しおりによれば、出口に田辺先生が待機している。そうなれば、参加人数は27人。僕たちはD組だから、アルファベット順と考えるべきだ。」

「っていうか、それっておかしくない?美夜ちゃんがGってことは——」

 

 そして偶然にも九条里奈も同じD組である。

 ずっと動きがなかったから油断していた。

 それに最終日のテストが考える余裕を奪っていた。

 

「あぁ。普通に考えれば四人一組だ。だが、それで一人足りない。」

「……この最終イベントだけに狙いを定めていたのね。でも、どういうつもりかしら。流石にそこで美夜ちゃんを襲う、なんてことは考えられないわよ。単に良いところを見せたいだけじゃない?」

「何にしても気に入らないな。生徒の人数を調整し、教職員の参加人数を最後まで隠していた。……僕は——」

「美夜ちゃんのこと、好きだもんね。じゃあ、私に良い考えがあるわ。」


     ◇


 ろうそくに見立てたLEDライトが照らす暗い山の中、真っ黒の髪の女が悲しそうに立っていた。


「一枚、二枚、三枚……」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」

「——ああああああ、一点足りない!」


 悲しそうに見えた女は逃げていった学生を見て、ほくそ笑む。

 そして、彼女はスタッフ用腕章を付けた左腕を鷹揚に掲げた。


「ざっとこんなもんよ。」

「いや、今驚かせたの俺だから!古典的過ぎだっての。」

「何よ。進学校と言えば受験戦争でしょー。妖怪一点足りないの心理的効果は絶大よ。……ま、いいわ。このお化け役の仕事が終わったら、私たちのボランティアも終了でしょ?」


 少女は腕章をつけた腕をぐるぐると回して、つまらなそうにLEDライトを見つめた。


「あいつなら大丈夫だって。こんな言い方は良くないかもだけど、カミアリは立ってるだけでビビるだろ?」

「まぁ、そうかもしれないけど。どっかでサボってるかも。」

「……はぁ。アレは鈴のせいじゃない。アイツの声がでかすぎたんだよ。」

「……でも、私があの子の名前を出さなかったら、あの話もなかったじゃん。」

「ただ、あれがなければ、彼女はずっとそう思われていた。元々、あぁするつもりだったんだろう。けれど、彼奴の言葉を裏付ける証拠が存在する以上、誰も近づけなくなる。」


 二階堂鈴と長谷部雄介はあの日の出来事を後悔していた。

 自分たちがあんな話をしなければ、関係がここまで拗れることはなかった。


「——ほんと、ずるいよ。一人だけでどこかに行っちゃって……。」

「今はまだ無理だ。それより、最後のお仕事だ。——確か、あと二組だったか。」


 因みに、美夜がこのキャンプに参加していることは二人とも知らない。

 逆に大志館大学付属の生徒も美夜が影岩公立高校にいたことを知らない。

 当時の美夜は本当に睦のことしか見ていなかった。


「おーい!長谷部ぇ!俺ら、八組全部脅かし終わったんだけど、テントに戻っていいかー?」


 そんな時、裏道の方からクラスメイトの声が聞こえてきた。

 この神社は別に廃神社でもなんでもない。

 近くはハイキングコースになっており、実はどの道を通っても迷うことはない。

 LEDの明かりの色で、ゲスト用の道とキャスト用の道を分けていただけだ。


「いいんじゃないか?もう、エリート校の相手する義理もないんだし。」

「あ、鈴!こっちにいたのー。もう、聞いてよー、最悪なんだけど―。この山、虫がマジ多くって。ジッとしてたら、あいつらの的だっつーの。痕が残ったら最低なんだけどー。カミアリ、マジ死ねって感じぃ。」

「明美と東出君がペアだったのね。と、とりあえず、医務室にお薬があったから、それを塗っておけば大丈夫じゃないかな。それに私は大丈夫、ばっちり対策してきたから……ね」

「二階堂さんは最後尾か。……あんまり自分を追い詰めるなよ。カミアリが全部悪いんだからな。それに間島さんはあんなこと言ってるけど、俺たちは十分楽しんでるから、気にするなよ。」

「なんでよー。肌は大切なんだから。だから、鈴も早く帰った方がいいよー。んじゃねー。長谷部、鈴ちゃんに迫る蚊の全てを、あんたが代わりに刺されなさい。」


 これが現状である。

 カミアリが神無月だった頃も人付き合いが良かったわけではない。

 そもそも彼も彼女と常に一緒に行動していたから、友人と呼べる人間はかなり少ない。

 中学の頃から仲が良かったメンツが、ギリギリ彼のことを知っているくらい。


「出来るかー!……はぁ。ま、そんな感じだよ。鈴のせいじゃない。ってか、どんだけビビってんだろ。俺たちも早く帰りたいな。」

「……そうね。今考えるのは無しね。虫よけスプレー、もっと振りまいとこ。」


 彼には物的証拠がいくつも残っているから、元の関係に戻すのは無理かもしれない。

 そしてその物的証拠は、同じ高校生である二人の手に余りすぎる代物だった。


「んじゃ、お先―」

「お疲れ様―」


 それからもう一組、長谷部と二階堂へ報告があった。

 だが、問題はその後の出来事だった。


「あいつ、どうなってんだよ!俺に何も言わずにいなくなってたんだぞ。マジ、ビビったっつーの!俺、もう帰るぞ。一人が怖いって意味じゃないからなー。」


 頭を抱える事態がやって来た。

 ただ、持ち場を離れるわけにもいかず、彼を諫めてとにかく帰らせる。


「うーん。流石にフォローできないな。」

「そうね。事の発端はアイツなのに責任感無しか。自分しか見ていない、自分勝手な性格、これが本当の睦だったのかしらね。」


 結局、ただの自己中心的な男と判断を下そうとした。

 けれど、問題は実はそこではなかった。


「おーい。七組目だぞー。俺らを驚かせろー。」

「は?六郎?……って、1、2、3、4?早川さん、その二人は?」

「なんかねー、本当は四番目のグループだったみたいなんだけど、わざとゆっくり歩いてたんだって。で、四人組中の二人が——」

「先に行ってって言われたの。それでどうしたらいいか分からなくて……」

「伊集院君の敷地なんだから、大丈夫だとは思うんだけどさ。やっぱ夜の山だし、男女二人でいなくなるのって良くないかなって。」


 六郎と早川はボランティアメンバーだが、残り二人は知らない。

 というより、彼らこそゲストなのだろう。


「はぁ?エリート校なのに、こんな堂々とパーティ抜け出しちゃうわけ?」

「違うの!……伊勢山君、それは違うって。あの二人はG組待ってたんだよ。で、いつまでも来ないから」

「あー、分かった、分かった。とにかく『ほうれんそう』だな。真鍋先生だっけ。あの人が責任者っぽいから、六郎たちは報告を頼む。」

「おっけー。」

「長谷部君たちは?」

「そうだな。俺たちも帰るって伝えてくれる?俺は逆ルートで戻ってみるよ。鈴は……、——って眩し!何してんだよ。」

「今更ながらここって圏外なのね。私も長谷部と一緒に逆ルート行く。赤色のLEDを辿れば良いんでしょ?」

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