第21話 キャンプイベント
偶々祝日が良い位置にあったので、今年は週末を含めて五連休になる。
それを利用した大志館大学付属学校の学生主体のイベント。
「真鍋先生まで一緒に来るんだって。ここって伊集院君のお爺さんが持っているキャンプ場なんでしょ?別にそこまでしなくても良いじゃんねー」
「流石に教員抜きとはいかないだろうがな。思春期の男女が山の中で寝泊まりするんだ。」
「あのー、うち、そこまで大仰なもんじゃなくても良かったんじゃけど。」
「美夜は絶対参加だよ。っていうか、大自然のキャンプだよ?田舎育ちの美夜が大活躍するチャンスじゃん。」
偏見しか入っていない里奈の返事に、美夜は肩を落としてそこそこに分厚い本を開く。
本の表紙には『大志館大学付属高等学校 秋の特別キャンプのしおり』と書かれており、この本が美夜の為だけに作られたイベントだと証明している。
予定がびっちりと埋められたスケジュール表から、持っていくものリストまで全部で100頁。
スケジュールの中に、場違いな筆記テストという項目があり、それが生徒と先生の交渉の様子を物語っている。
この100頁の七割近くが大学入試の過去問で構成されているのだから、軍配は先生に上がったらしい。
「参加生徒は僕たちを含めて25人、教員が4人で合計29人。OBとOGも関わっているという噂もある。どうしてこうなったのか、小一時間問いただしたい気分だよ。」
「あーね。美夜ちゃん人気、恐るべし。ってだけじゃないもん。あの校長が、特待生の辻宮美夜にご迷惑をおかけしましたって後押ししたんだって。OB、OGへも校長自ら寄付を募ったらしいし。部活が被って来れない子は歯ぎしりしてるみたい。」
「コネクション目当てか。辻宮さんと関係ない生徒も参加しているのはそういうことか。」
「申し訳ない気分だよー。うち、全然お金出してないもん!」
元カレ・睦がどこかの高校で全員からシカトされている間に、こっちの学校は美夜を中心に大盛り上がりを見せていた。
「テニスコートとかゴルフ場とかも使っていいんだって。それに……、このログハウスで寝泊まり。なんだか、キャンプではない気もするんだけど。」
「少々どころではなく、目立っているな。僕たちだけが5連休という訳じゃない。一般客も普通にいるというのに、施設を貸し切りとは。はぁ……、結構悪目立ちしていないか?どうにも先ほどから視線を感じるのだが。」
カップルに親子連れに若者たちが、こちらを見ているのが遠目にも分かる。
それらの施設を利用したいと思っていた一般客も多いだろう。
ただ、彼らのOB、OGはそれほどに影響力を持つ。
当然、ここの所有者もOBなのだ。
「美夜君!どうかな?気に入ってくれたかな?実はここには——」
山之内豊、彼が今回の学生代表、というより言い出しっぺだ。
彼はミステリアス少女・美夜に夢中である。
ただ、彼の野望は同行者によって阻まれる。
「って、おいおい。俺を紹介してくれる流れだろ?……ま、いいや。俺、
「あ、伊集院君よね。うち、覚えとるよ。」
「ちょっと待て、ナガレ!確かにここは貴様の爺様の土地だが発案者は俺だ。」
「は?意味が分かんねぇ。辻宮さんがミステリアスな場所が好きって言ったから、うちの山に伝わる伝承を教えただけじゃん。俺がいなきゃ、今回のキャンプのメインがなかったと言っていいだろ?」
悪目立ちしていると言った側から、さらなる悪目立ち連中がやってきた。
声が大きいせいか、遠くの若者がじろりと睨んでいる。
その視線が怖くて、美夜はしおりを開いて他人のフリをしようとした。
ただ、開いた頁が正にソレについての話だった。
(え?赤鬼伝説?うち、ほんまに電波っ娘だと思われとる……)
「おお、流石にチェック済みかい、美夜君。ここには君の大好きなミステリアスが詰まっているんだ。」
「だーかーらー、それも俺が説明するって言ったろ?……ってか、そんな盛り上げんなし。それ、神社にあった説明文、そのまま写しただけだから。」
「昔、ここは青谷村という名前だった。そしてある日事件が起きたんだ。村人が一人、また一人と姿を消したらしい。それを怪しく思った時の地頭が——」
「って、そこに書いてるから。ヤマッチ、マジでやめてくれ。昔、それで村おこしに失敗したって黒歴史もあんだからな!」
「全く。ナガレにはロマンが足りないな。美夜君!テストの前日という悪条件にはなってしまったが、その神社に行くというキャンプ定番イベント、肝試しを楽しみにしていてくれ!」
そして、彼は満足そうに、このキャンプ場の持ち主の孫は恥ずかしそうに立ち去って行った。
こうして、初日のハイキングイベントが始まった。
◇
全身緑色のジャージ姿の男子達と女子達は、将来有望な名門高校の生徒を遠くから睨んでいた。
そして、その後は別の青年を睨みつける。
「どうして私たちがキャンプ場の掃除なんてしないといけないのよ。」
「全くだな。俺たちは何もしていない。いや、まさかあんなことになるとは思っていなかったんだが。」
ただ、睨まれた青年は呆けた様子でゴミ拾いを続けていた。
この原因を作ったのは間違いなく、彼なのにである。
「なんとか言いなさいよ、この甲斐性なし。」
「……何も。俺は事実を言っただけだ。——それより、どうしてこうなった……」
「どうもこうも。カミアリ、お前への罵倒が学生運動レベルの暴動に繋がったからだ。親御さん、それからPTAの皆々様がどこかで折り合いを付けようとした結果、光栄にも俺たちがボランティアメンバーに入れられたんだが?」
長谷部雄介はここに至る経緯を説明したが、神在月睦が頭を抱えているのは、そのボランティア先にどうして美夜がいるのかということだった。
(縁を切って、まだ間もない。だから美夜への接触は出来るだけ避けろと言ってた癖に……)
紫紺の髪の女が関与していることは間違いない。
それこそが、睦がこんな思いをしてまで学生を続けている理由である。
「それで丁度、大志館大付属高校のOBからオファーがあったんでしょ。なーんで、遊園地のキャストまがいなことまでさせられるのよ。」
「……知らない。それより俺はあっちの方掃除するから。こっちは宜しく。日当たりが強い場所はダメなんだ。」
二階堂鈴はぶっきらぼうな青年に半眼を向けて、ため息を吐いた。
彼の独白があっという間に学校中に知れ渡り、全員が職員室に駆け込む事態となった。
彼が甲斐性なしなのは間違いないが、あれは明らかに異常事態だった。
「あっそ。それじゃあ私は貸し切りになっているらしい施設の清掃に行くわ。長谷部も行きましょ。私、ここを利用してみたかったのよね。」
「おい、待て。役割分担……、六郎たちはこっちを頼んだ。」
「オッケー。んじゃあ、また後でな。」
合計二十人の影岩公立高校生。
ただ、彼ら全員の起源が悪いわけではない。
ボランティア活動はあるものの、キャンプを楽しんでも良いことになっている。
しかも、宿泊費も食材も支給されている。
それらも全て、かの有名なエリート校OB、OGが用意してくれたものだ。
「長谷部、どう思う?」
「どうって、お前が真っ先にブチ切れたんだろう。」
「そりゃあ、あんな話を聞かされてブチ切れない女子はいないよ?でも……」
「でもも何も、借用書は本物だった。そして彼奴が勘当されたのも戸籍謄本で証明済み……、いやそもそも神在月睦のみの戸籍だったんだ。そんなことが可能かどうかはさておき、本物だったんだ。」
楽しそうにテニスをしている学生を横目に、その学生に失礼のないようにこそこそと清掃作業を続ける二人。
「それはそう……だけど。」
「確かにあれは高校生に返せる額じゃない。本来、高校生でそんな借金を抱えることは不可能なんだけど、残念ながら事実のようだしな。それに……、女子高生の方が大金を稼げるという——」
「長谷部!」
「理解しているという訳ではない。だけど現実にそういう稼ぎ方をしているヤツだっているだろう。でも……」
「うん。睦はそんなヤツじゃない——」
「だな。」
そして二人は親友だった筈の変わってしまった彼のことを考えながら、今日のボランティアをしぶしぶと続けた。
——その頃、話題の青年は噂の神社の前に立っていた。
大抵の神社にはそこの言われが掛かれた掲示板があるが、まさにその文章を読んでいた。
数時間前に美夜がしおりで読んだ文章そのものであるが、彼は別の理由で考察していた。
「——赤鬼伝説。こんなの日本中にあるからな。その全てを過去に出現したモーンストルムと言うべきなのかは分からない。もしかしたら全部なのかもしれないけど。」
日の光に弱いという特性は、彼らの致命的な弱点だった。
だから人口を増やすこともなく、闇の中で密かに暮らしていた。
ただ、そんな彼らが世に出たのは、時代の覇者ホモ・サピエンス・サピエンスだ。
禁断の果実のみでは飽き足らず、彼らは開拓を続けた。
「——特徴があるとすれば、高名な和尚に説得をされて、その後は改心して村の立て直しを手伝ったところか。その後はどうなった?……いや、人を食っていたとすれば、その前からか。」
鹿之助が分かりやすい例だと、ライラは言った。
弱者だったモーンストルムが奇跡的な力に目覚めたのは、サピエンスと交じり合ったかららしい。
いわゆる、雑種は強い理論。
ただ、血が薄まれば結局ホモ・サピエンスに取り込まれる。
「日本産のモーンストルムもいたんだろうけど、赤鬼のパターンは白色人種の可能性が高い。ホモ・ハイデルベルグは寒い地域で発見された化石だ。そして巨体だったと聞く。……だから赤鬼の場合は流れ着いたヨーロッパ人の場合もある、だっけ。問題はこの赤鬼がどこに行ったか……」
睦はジャージの上に全身が隠れる外套を羽織っている。
流石に日が暮れてきたので、脱いでもよいがまだ観光客がいるから剝ぎ取れない。
だが、そろそろ夕食のカレーの時間なので、彼は人目が逸れた隙に、煙のようにその場から消えるのだった。
——そして、あっという間に時間は流れ、エリート高校の一大イベント、肝試し大会の日を迎えた。
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