第15話 人間と怪人

 その瞬間、耳をつんざく破裂音が聞こえた。

 そして同時に全身の鳥肌が立つ。

 音よりも速く、得体の知れない金属の塊が15個も同時に飛んでくる。


「なんか、分かんねぇけど。……奥歯が痛い。つまりこれってさ——」


 一人立ち向かう睦は、「皆を守りたい」、なんていう高尚な気持ちを持っていたわけではない。


 ——現実離れした世界?

 ——それが何?


「よくやった少年‼残りは私でもどうにか出来る。成程、味方にすると頼もしい。これが神無月か。」


 後ろで岩の如き体になった大野が、睦を褒め称える。

 だが、大野の巨体には十か所程度の穴が空いている。

 痛覚があるのかさえ、疑わしい容貌だがとりあえずは問題なさそうだ。


 ——だから、何?


 あの警察官は何のためらいもなく、街中で銃を撃った。


 ——俺たちが法律の外にいるから?


「睦君、君がつかみ取ったそれは銀の弾丸、分かるでしょう?そしてこの暑苦しい光は太陽の代わり、本物の太陽ならこの程度じゃ済まないけど、これくらいでもモーンストルムの動きをある程度封じられる。」


 危なっかしい弾丸だけ、ムカつくから取り除いただけ。

 守ろうなんて1mmも考えていない。


「……目の前の15人は人間。そしてモーンストルムを殺す為に準備をしている。——これが人間と立ち向かう野生生物の気持ち。」

「彼らが勝ち組ということを忘れてはならないわ。ホモ・サピエンス・サピエンス。神に愛され、そして叡智の果実を齧った真の人間。——叡智と文明と人口で全ての種族を凌駕する存在。つまり滅ぼされた私たちは敗者ってこと。敗者なのにウィナーなんて言っている馬鹿はいるけれどね。」


 ——うるさい


「はぁ?俺たちのこと言ってんの?歯医者が敗者名乗るなんて木っ恥ずかしいことしてる方がどうかと思うが?それに俺だってまだ本気出してねぇんだぞ?」


 ——うるさい


「鹿之助、今はよせ。それより神無月の少年、頼めるか?あれらを殺さずに無力化して欲しい。それで影岩区は君の存在を許そう。」


 ——うるさい


「どのみち、突破しなきゃ朝が来て終わりだわ。睦君、私がした治療は君の力を削がない最新式の自費治療。一億円、それを水に流してもいいわよ。」


 ——うるさい‼


 皆が、今日初めてモーンストルムと知った睦に依頼をする。

 しかも、一億円の借金が消えるらしい。

 ただ、神在月睦も馬鹿ではない。

 自分がモーンストルムであり、人間と敵対する存在と知った。


「……なんだよ。どうでもいい。突破しなきゃ終いなんだろ。一億円の話だって、在って無いようなものだ。……美夜。俺にはお前しかいない。」


 殆ど投げやりな気持ちだった。

 両親が縁を切った理由も、今なら分かる。

 親戚を守るため、家族を守るため、妹の弥生を守るため、運悪く先祖返りしてしまった長男を見捨てねばならなかった。


(矯正治療にそんな意味があるなら、もっと厳しくしてほしかった……、って婆様は矯正治療途中に死んじまったんだっけ。……美夜、ゴメン。やっぱりちゃんと話さなきゃ。美夜は許して……くれる……よな?)


 後ろにいるモーンストルムの為じゃない。

 青年は少女の為に走り出した。

 両犬歯に軽い痛みを感じながら。


「岩城さん、不味いですよ。あいつ、マジの奴ですって。噂に聞く、白銀?」

「年齢が合わねぇよ。だが、そりゃそうだ。……上流鬼族に親父は殺された。その犯人も分かっているのに、人間の法で裁けねぇんだぞ⁉——絶対に許さねぇ。お前たち、責任は俺が全部取る。倉庫から運び出した特別製の弾丸をありったけあいつに撃ち込め‼」


 岩城六郎、彼の父も特殊課に在籍しており、10年前に殉職した。

 しかも、彼の目の前で青く美しい怪物によって殺された、——いや、食べられた。

 満腹になったからか、彼は生き延びることが出来た。

 吐き気がするほどに、モーンストルムが憎い。


「こいつ!動きが速すぎて!どうなってんだよ。太陽の光に弱いはずだろ⁉」

「とにかく撃ちまくれ。足を狙え。進行方向を狙え。その為に向こうのビルを崩したんだろうが。」


 黒の白衣を着た白髪交じりの栗色髪の青年が、瞬きをするたびに大きくなる。

 完璧に準備をした筈なのに、たった一匹のモーンストルムによって、人間達の安全な戦いに亀裂が走る。

 

「あん時と同じだ。上級にゃ疑似太陽は効きはしない。面倒くさい奴だな。やっぱ、あん時しょっ引くべきだったじゃねぇか。小笠原部長の失態だ。てめぇら、撃ち損じるじゃあねぇぞ!」

「俺たちは命令されただけっすからね!」


 命令された十五人の男たちは、そこで一斉に銃を手放し、背中に背負った銃を構えた。

 何故か古臭い銃に持ち替えた、その様子はつぶさに確認できるものの、それがどういう意味かは分からない。


「睦君、レジェンダリーよ!その弾は——」


 後ろから聞こえるライラの声を、睦の脳は受け付けない。

 だって、関係ない。

 彼は今、美夜に会いたいから戦っている。

 モーンストルムだったことを許してくれると信じて、邪魔な存在を排除するだけ。


「面倒くさい弾だな。この手袋、防弾仕様なんだろうけど、掴んだ瞬間に金属が弾け飛ぶ。……多分、純銀だから融点が低いのか。この手袋、要らない。跳ねた銀が体に飛び散る……。熱い……」


 高速回転する弾丸、火薬の爆発で飛翔しているのだから、熱くて当然の銀の弾丸。

 睦の速すぎる動きで弾き飛ばすと、個体を維持できなくなってしまう。

 そして、溶けた金属が体に付着するたびに衣服が焦げ、そして体に激痛が走る。


「なんだ、こいつ……。銀の弾丸が通じてねぇ。」

「通じてんだよ。だから、体が弾けてんだろうが。上流階級っつーのはこんな奴らばっかなんだよ。」


 体のあちこちから煙を吹き出している、鈍色髪の少年。

 白衣のあちこちが破れ、半分以上が千切れた黒いマントのように見える。

 そして青白いエナメルの光を放つ左右の牙と柘榴を模した宝石のような瞳。


「近接戦も考慮しろ!銀装備忘れんなよ‼」


 そこで、睦というモーンストルムはただの人間をついに追い込んだ。


「……警察だったら、何やってもいいのかよ。」


 岩城の隣の男が膝から崩れ落ちた。

 装備の遅れた者から順に倒れていく。


「クソ怪人!これでも食らいやがれ!」

「は?馬鹿なの?俺が避けたら味方に当たっちゃうよ?」


 たかだか十五人では上流鬼族の動きを止めることは不可能だった。

 完璧な準備をしていた筈の彼らだが、所詮は命令無視、岩城の独断である。

 本当のホモ・サピエンス・サピエンスの力には程遠い。

 だがここで、半ギレの睦の動きがピタリと止まる。


『やーっぱ、これ、必要じゃないっすか。岩城さん。』

「……達川か。」

『ですよー。自分の手でモーンストルムを狩りたい気持ちは分かるっすけどねぇ』

「ですよー。自分の手でモーンストルムを狩りたい気持ちは分かるっすけどねぇ」


 無線の音の奥から、あの男の声が聞こえる。

 タオルで顔を覆っていたから、顔は知らなかったが想像よりもずっと若い男。

 でもそんなことより、達川という男にぴったりとくっついている少女に目が留まる。

 そして、睦の瞳が激しく震え始めた。


「睦……君?」

「美夜……」

「はいはーい。会話終了ね。恋人同士の秘密の暗号とかあったら不味いからねぇ。——で睦君、今の状況分かってくれると、お兄さん嬉しいなぁ。」


 言われなくとも分かる。

 この可能性だって十分に考えられた。


「達川!銃をしまえ!その子は一般人だぞ!」

「分かってますよ。でも、この子。神無月睦が一般人だった時からの幼馴染で、今も恋人同士なんですよ。全く、羨ましい、……じゃなくて、岩城さん頭に血が上りすぎ。僕たちの本当の目的を遂行しましょう。」


 おどける男、その隣にいる可憐な少女。

 睦は激しく動揺していた。

 あんなに怯え切った少女なのだ、今更ながら自分がモーンストルム化していることに気付かされる。

 だからこそ、今すぐ彼女に釈明したい、弁明したい、——できれば抱きしめたい。


「美——」

「いやぁぁぁぁぁぁ、近づかないで‼」

「あ、成程ね。そういう感じか。そりゃ、そうだよね。君、そんな見た目になっちゃうんだ。」

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