第14話 諦めの悪い男

 ここでもやはり、ライラが睦の背中を押す。

 感触的に蹴られたような気もするが、振り返る余裕はない。

 彼ら五人とも服を破裂させながら、ガチムチボディを露わにした。


「ケッ、なーにが上級鬼族だ。こいつは貴族になったばかりの世間知らず野郎って話。兄貴の為に青田刈りしちまおうぜ!」


 五人とも、武器は所持していないが、だから半殺し程度で済むとは思えない。

 ちゃーんと爪が銃刀法違反レベルの凶器と化しているからだ。

 つまり、ライラ先生の言いつけ通り、自分の歯に耳を澄ませなければならない。


「いや、無理だって!」


 ただ、睦は必死になって逃げ道を探した。

 五人同時に責めてくることはない、きっと後ろからの攻撃はないと踵を返して逃げ出そうとした。


「おっと捕まえたぜぇ。いくら上流鬼族でも捕まっちまえばどうしようもねぇよなぁ。」

「ぬぁにぃ!でかすぎんだろ!ってか、こんな奴がそこら中にいるって意味が分からん!」


 人というよりは肉壁、肉壁というよりは、ただのコンクリートの壁だった。

 つまりこいつはホブゴブリンというよりも、……日本の妖怪⁉


「睦君、これで君が法律の外にいることが分かったでしょう?……ここにいる全員の行動は法律の範疇を超えているの。ただ……」

「えぇ。今まではそれでも問題になりませんでした。今より十年と少し前、突然先祖返りが増え始めたのですよ。ですから、あのようなチンピラまがいのモーンストルムが跋扈している。」

「何それ、脅しってこと?大体、野良怪人を纏めるのは貴方たちの仕事でしょ?」


 睦がぬりかべ以外の小鬼に羽交い絞めにされている間も、ライラと大野は不敵な笑みを浮かべながら会話を続けている。

 そして、彼らの会話に一つ、耳にこびりつくものがあった。


(十年と少し前って、俺と美夜が約束をした日くらい?……あの時から既に外の世界は変わり始めていたってこと?)


「私共にも限度があります。そもそも量が足らなすぎる。」

「あーね。でも、それは筋違いよ。あの国の開戦からこっち、歯科業界も苦労してるのよ。」

「ですが、————」


 どうしようもなく話が気になって仕方がない。

 国際問題のことは分からないが、突然見たあの日の記憶が彼の胸を掻きむしる。


(あの日は確か、俺にとってもすごく大事な日だったんだ。美夜と約束をした日だから?……それは確かにある。でも、それだけじゃ————)


「てんめぇ!何よそ見してんだよ!」

「俺たちがお前を殺さないと思ったら大間違いだぁ。」


 その瞬間、睦の腹部に激痛が走った。

 いや、正確には最初はチクッとした程度だったかもしれない。

 話に集中しすぎて、激痛に変わるまで刺され続けていた……らしい。


「……そぉっか。こ……れが一番手っ取り早いってこと……。俺もモーンストルムだから、これくらいじゃ死なないって?でも痛ぇし!お前ら、いちいち鬱陶しいんだよ——」


 でも、これがきっかけだった。

 あの大切な思い出を汚されたという憤りの感情、それが心の底——いや、歯の疼きと共に溢れ出る。


「——蝕刃むしば‼」


 頭、そして歯の疼きと共に発した言葉。

 睦は彼らの長い爪を両手で鷲掴みにして、技名の如くそれらを粉々に粉砕した。

 更には翻って、後ろの巨大な壁に拳を打ち付ける。

 睦の歯の叫び、歯の大切さが彼らに伝わったのか、次々に崩れ落ちる男たち。


「ほう……」

「大野君、ほう……じゃないわよ。睦君、それ技名よね?どうして技名が『むしば』なのよ。歯科医師が虫歯を振りまいてると誤解されるじゃない」

「俺、先生が虫歯治してるところ見てないんですけど……。それに歯の叫びって言ったの、先生じゃ——って、そか。歯の叫びが力に変わったんだ。歯の力ってすげぇ!そしてこれがモーンストルムの力なのか」

「やはり上流鬼族……、やはり——」

「さぁさ、これで終わりでしょう?睦君、患者様がお待ちになっているでしょうから、帰りましょう?」

「待ってください、水無月先生——」


 実はここで水無月ライラは焦りの表情を浮かべていた。

 睦には見せたことのない顔の彼女。

 ただ、彼にはその意味が理解できない。

 そして、それは大野という男も同じだった。


「待たないわよ。それに、この流れはおかしすぎる。……これじゃあ、まるで私が睦君のお披露目に来たみたいじゃない。」


 睦は彼女の言葉に目を白黒させた。

 彼らの部下ではなかったにしろ、息のかかった男の牙を抜いた。

 その報復に呼び出された、その流れがどうやら間違っているらしい。


「……はて。ここに呼び出したのは水無月先生の筈。ここに貴女名義の手紙が……、———鹿之助!もう、回復は済んだだろう。今すぐ、部下を連れてここから離れろ!」

「チッ!睦君、急いでここから離れるわよ!」

「どどど、どういうことすか⁉俺には全然——」

「罠よ。……訳が分からないのは私たちも同じ。でも、こんなことが出来るのは——」


『パーン』


 その時、乾いた音が響いた。


「遅ぇ。遅ぇ遅ぇ遅ぇ遅ぇぇぇんだよぉ‼逃がすかっつーの。つーか、気付くのが早ぇんだ!」


 暗がりに人影が見える、五人組?

 いや、おそらくは他の場所にも潜んでいる。

 そして、おかしな現象も起きている、何故か全身がダルイ。

 そもそも乾いた音が銃声だったことも、経験のない睦には分からなかった。


「特殊課か?鹿之助!誰が撃たれたか分かるか?」

「これはどういうつもりかしら、岩城刑事。南雲部長の指示とは思えないけれど。」

「うるせぇ、この魔女が。一流鬼族を抱えた時点で、俺には関係ねぇんだよ。つーか、大野組も情けねぇなぁ。全員怪人化してりゃ良かったのによぉ。」


 あの男の声は聞き覚えがある。

 そして、何故かあの時、自分は彼に捕まらなかった。

 何か事情があるらしいが、ついぞ彼は納得できなかったようだ。


(俺はまだ警察に狙われていた……、いや、当たり前か。俺はモーンストルムだったんだ)


 銃弾を避けねばならぬと、ウィナーズの男たちは怪我人を抱えてビルの中に避難をする。

 水無月も同様にビルの中に入っていくので、睦も何も考えずに彼女についていく。


「撃たれたのは山根、時岡、三井です。山根はちょっと不味いかも……です」

「先生!全員に屍髄処置をお願いできますか?」

「……全員、怪人化している状態で撃たれてる。今からじゃ間に合わないかもしれないわよ。」

「……そうですか。それでも……、よろしくお願いします。」

「結局訪問診療になっちゃったわね。睦君、大野君と一緒に私たちを守りなさい・・・・・・・・・

「——え、俺が⁉」


 頑強そうなヘルメットに防弾盾の五人組が敷地入り口から一歩、また一歩と廃ビルに近づくと、その左右からも五人組が合流した。

 そして15人になったところで、中央の男が透明なフェイスシールド越しに笑ったような気がした。


「あいつ、何か仕掛けてくるか。致し方ない、モーンストルム・護衛妖精スプリガン・巨大化‼」

「大野君、ありがと。それじゃあ、睦君は前を頼んだわよ。これを使って全て叩き落して。」


 ライラが白衣のポケットを漁り、それを睦に投げつける。

 そして、睦は掴んだ瞬間に、それが手袋だと悟った、——歯科用のものとはまるで別物だったけれど。


「ゴワゴワしてる……、これが手袋?あの銃弾をこれで……?」

「そうよ。あいつらに上流鬼族エルダーオーガの格の違いを見せつけてやりなさい。」


 その瞬間、大地震が起きたかと思うほどの地鳴りがした。

そして、『ドーン』『バリーン』『ガシャン』などを重ねた雑音が耳をつんざく。

だが、大野の体が他の怪人のように巨大化して、上から降ってくる瓦礫を防いでいる。

睦は半ば放心状態に陥っていた。

いよいよ現実離れした世界が露わになってくる。


「ったく、常識ぶっ壊れで笑えるぜ。でもなぁ、大野の力は織り込み済みだよ。こっちも対策済みだ。つーか、対モーンストルム照射器を黙って持ってくるの大変だったんだぞ。——達川!そっちの準備も出来てるかぁ?」

『……い、一応出来てるっす。……でも、本当に大丈夫なんすか?』

「大丈夫か、じゃなくてやるんだよぉ!いいか、てめぇら。あの女には絶対に当てるんじゃねぇぞ。あいつだけ、戸籍上は人間・・だ。」

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