第11話 モーンストルムの起源
今日の悪夢はいつもにも増して酷い。
身に覚えのない罪を着せられて、見たことのある舞台へと立たされる。
舞台の周りには観衆が集まっていて、全員が自分を見ている。
そして、夢あるあるの自分だけが何故か動けない展開。
ただ、このシチュエーションは知っている。
——これはいわゆる、火炙りの刑だ。
「痛っ!熱っ!息が……って、もうこんな時間か。昼間に寝るから北西側の部屋を俺の部屋にしてたんだが、やっぱ夏だと意味がないか、とにかく西日がやばいな。それで火炙りね。マジで熱いから、マジで火炙りされてたわけね。それにしても最近、悪夢しか見ていないな。いや、現実が悪夢だし。」
エアコン完備ではあるが、日光が直接西側の壁を熱している部屋は最新式の壁を採用したとしても熱が伝わってくるだろう。
ましてやここは古いコンクリート製のビル、エアコンがどれだけ頑張っても部屋の温度は下がらない。
それでは堪らないと、彼はリビングへジャージ姿で逃げ込んだ。
「お早う!うなされていたみたいだけど、大丈夫?」
「あ、もうそんな時間なのか。ってか、俺の寝言って寝室の外まで聞こえていたのか。」
「うん、熱い―、熱い―って!あ、そうだ。朝ごはん、出来てるよ。私にとっては夕ご飯だけど。」
「……悪い。今日は俺の番だったよな。」
実は、美夜だけが外出を許されている。
日本では連帯保証人の方が重責と聞いたことがあるが、この契約に関してはそうではないらしい。
いや、一億円未支払いは睦なのだから、これが本来のあるべき形かもしれない。
それに、確か話の流れでは美夜がいなくても契約は成立していた筈だ。
その場合は命を懸けたギャンブル船に乗せる予定だったと、本気とも冗談ともつかない顔で言われたことがある。
「大丈夫、大丈夫ぅ。私、いっつも早くに帰されるから。ねぇ、睦君。それより聞いてよ。私は要らないって言ったのに、患者さんが色んな食べ物をくれるの。お菓子とか果物とか野菜とか。あと、ぬいぐるみとか。一応、レイラ先生が目を通しているから大丈夫だとは思うけど。……あ、ぬいぐるみはぐっちゃぐっちゃにしてたけどね。」
大丈夫か、ここのサラリーマン。
美夜が可愛いのは分かるけど、まるでアイドルだな。
ぬいぐるみは……、盗聴器⁉
「でも、こっちの食べ物は大丈夫みたいだよ。でも、どうしよう。私たちじゃ、こんなに食べきれないよ。古石さんにも持って帰って貰ったけど、まだこんなにある。冷凍できるものは——」
次第に熱気を帯びてくる美夜目当ての患者たち。
ただ、これは学校生活でもよくある風景、ある意味でいつも通りの平和な日常会話が紡がれる。
さぞ患者に好評なのだろう、自慢の彼女だから当たり前なのだ。
ただ、彼氏としては、——いや、彼氏でなくとも、彼女の話す内容に違和感を覚えてしまう。
「美夜は相変わらずモテるな。……ん、でも昨日の暴漢魔騒ぎの影響はなかったのか?なんか、いつもと変わらない様子だけど。」
「えっと……、何もなかったかな。私から聞くのもなんか違うと思ったし。うーん、よく分からない。」
てへっと舌を出して、可愛い笑顔で答える彼女。
目撃者がいるとは思えないが、ニュースでも取り上げられない理由が分からない。
犯罪自体が無かったことにされているのかもしれない。
簡単に人権を押収できる時点で、その可能性は十分にある。
「そっか。ま、何もない方がいいか。ってか、サラリーマン引っかけすぎじゃないか?」
「睦君までそんなこと言うの?……私は睦君以外の人間に興味がないって、睦君が一番知っているくせに」
「……う、うん。なんか照れるけど。でも、俺も同じ気持ちだから。悪目立ちする学校と、悪名高い家と離れられて良かったくらいだ。」
「えへへ、私も。私も同じ気持ちだよ。睦君、大好き!」
「美夜、大好きだよ。」
ただひたすらに一途だった。
あの日の約束では終わらない、二人三脚の人生。
彼女無しの人生は、もはや考えられない。
「じゃあ、行ってくるよ。今日は平和な時間を過ごせるよう祈っとくよ。」
「うん。いってらっしゃい。今日も頑張ってね!」
睦はドアが閉まるのを確認して、大きなため息を吐いた。
昨晩は、美夜に話してはいけない、という話しか聞いていない。
手続きに、説明に、引き渡しに掃除。
話し合う時間は殆ど取れなかった。
——だが、これだけは言っておかなければならない。
「美夜の職場を変えて欲しい。患者ウケが良いのは分かっているが、そうだからこそ、他の歯科医院でもやっていけるだろ。あの男はこの歯科医院を狙い撃ちにしていた。……なら、ここは危ない職場だ。」
開口一番、睦は女医に彼女の転職を提案、いや命令した。
「……別にいいけど?」
「え、そうなの?」
「お金が稼げるなら、どこでも良いわ。……でも、それこそ君が一番理解しているんじゃないの?」
「…………」
「美夜ちゃんの希望ってこと、忘れていない?あの子が君と同じ職場で働きたいと言ったのよ?」
——そうでなければ、一億円の負債男を見限っているだろう。
「それは……、そうなんだけど。ここが危ないってんなら無理やりにでも——」
「睦君、私は美夜ちゃんのことをちゃんと考えているつもりよ。そもそも、あの子の安全な時間に働いているんだから。」
睦は眼球を剥いた。
「安全な……時間?」
「そう、安全な時間。モーンストルムがモーンストルムとして活動できるのは日が沈んでからよ。逢魔が時くらいからが、彼らの活動時間。それに、その時間に動けるのは基本的にはあまり脅威ではない者たち。血の濃い
「物の怪?……やっぱり昨日のあの男は、人間じゃなかったのか。でも、今までモーンストルムなんて聞いたことないし。」
夜にあんなものがうろつかれては平和な国日本の看板は返上すべきだろう。
睦には、昨晩の男、中村礼二が肉体ごと豹変した様子が頭にこびりついている、……のだが。
「言っておくけど、
「……え⁉そうなの?」
「そうよ。怪人化したら日の光で焼かれるというだけの人間なのよ。そして、その歴史は君が考えているよりもずっと古い。ただ、立証できたのは、つい最近だけれどもね。」
「あれが人間……。信じられない。」
「そう、人間。人間の可能性の一つ。睦君は人間の進化について考えたことある?」
「……進化?猿人とか、原人とか。クロマニヨン人とかってやつ?まぁ、学校で教わったり、テレビで見たりってくらいしか分からないけど。」
「その程度でも大丈夫よ。少し前まではネアンデルタール人はクロマニヨン人に滅ぼされたと考えられていた。でも——」
「あ、それは聞いたことあるかも。確か俺たちの遺伝子にもネアンデルタール人の遺伝子がごくわずかだけど見つかったって。」
ネットニュースで見た程度だけれど、その当時は知的生命体がいくつか存在していたことには驚きだ。
いや、交配可能だったならば、それはもう同じ人間の先祖と考えても良いのかもしれない。
「あら、流石にこの話は有名なのね。因みにホモ・サピエンスという言い方は知っていると思うけど、その名称さえ既に正しくないの。今はホモ・サピエンスサピエンスが正しい。」
「ゴリラゴリラゴリラ的な……?」
「……はぁ、全くその通り過ぎてふざけているのかどうかも分からないわね。ともかく、世界各国で人の祖先らしき化石が見つかっているの。身長180cmを優に超えるホモサピエンスの化石なんかもね。……その一部を取り込んだのが今の人間ね。」
確かに、その可能性はある。
けれど、彼女の話には一つおかしな点がある。
「それっておかしいですよ。争いの才能に長けたクロマニヨン人が取り込んだのなら、話は分かります。……でも、あの男の力は人間のそれではなかった。科学が発展した今なら分かるけど、あの時は集団で狩りをすることでしか、大型獣には勝てなかった。だから——」
弱肉強食の世の中、か弱い人間が生き残れたのは知恵を使ったから。
「それはそうよ。モーンストルムはか弱い生き物だったもの。」
「あの男はか弱くなかったです。体も大きいし——」
「彼らの体は日光にとても弱かったのよ。確かに個々の能力で見れば人間よりも遥かに強い。でも、夜しか生きられないのは致命的だった。それに比べてクロマニヨン人は昼も夜も活動が出来る。モーンストルム人の化石が見つからないのは数が少なかったから。」
「……でも」
「彼らから見てもモーンストルム人は驚異だったでしょうね。だから神話上でも語られている。でも、所詮は頭数が違う。森林を切り倒し、昼間のうちに攻め入れば、か弱いモーンストルム人はあっさりと滅ぼされる。」
怪物を倒した英雄譚。
世界各国に残されている。
この日本にだって。
「あんな化け物があっさり……?」
「相手は化け物よ?……怖い夜を迎える前に退治したくなるもんでしょう。ただ、単に絶滅させたわけではなかった。実は交流があったのか、無理やりか、それともあの力が欲しかったのか。もしくはモーンストルムが一枚上手で上手く紛れ込んだのか。結局、遺伝子でギリギリ残る程度に、その地は薄められてしまったわけだけれどもね。」
信じがたい話だった。
確かに、ネアンデルタール人の遺伝子が発見されたことにより、旧人類同士が交流していた可能性が出てきた。
だが。
「それにしたって、日光に弱いっていう……」
「昨日話したでしょう。人間の口は不自然で不完全な進化をしているって。」
「不完全?それは人それぞれじゃん。俺の場合は歯並びに問題があったわけだけど。」
「では、これはどう?エジプトのミイラには歯の治療痕が存在している。もしも彼らがモーンストルムと歯の関係性を見つけていたとしたら?」
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