最終章 6-1


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 それから私は帝国、続いて教国へと入国した。ヌーナ大陸全土を巻き込む戦乱の最中であり、道中には様々な苦難が待ち受けていたのだが、今はあまり語らずとも良いだろう。


 ついに私は大陸の最北端、かつて世界がまだ一つであった頃、原初たる四種の因子が散布され、また新しい天人が降臨したという霊峰タカチホへとやって来た。


 タカチホは万年雪を頂く極寒の地であったが、私の魔法で難なく登頂することが出来た。そして、山頂に突き立てられた天逆鉾あまのさかほこに触れると、私の周囲を眩いばかりの白光びゃっこうが包み込んだ。


 ふと気が付くと、目の前には真白ましろの空間が広がっていた。先ほども辺り一面、地表は氷雪に覆われてはいたが、それはあくまでも生きている世界であり、ここはまるで死……いや、無に閉ざされているようであった。


 どこまでも際限なく続く空間に、時間の感覚までもが麻痺し、徐々に意識は希薄となっていく。やがて、自己の存在を保つことすらも困難となり、暴力的なまでの白の侵食に溶け込んでしまいそうになる。


 しかし、私にはお姉ちゃんを見つけ出すという使命があった。お姉ちゃんは私の全て、たとえ私が私のことを忘れようとも、お姉ちゃんのことだけは忘れない。お姉ちゃんさえ居てくれたら、私は私でいられるのだ。


 それが引き金となったのだろう。いつしか周囲は色付き、空間が本来の姿を観せていく。そして、前方に淡い光が射し込めたかと思うと、そこには小さな赤子を抱えてせる、お姉ちゃんの姿があった。


 私は感激のあまり、我を忘れてお姉ちゃんに駆け寄った。お姉ちゃんは一瞬、虚ろな表情を浮かべたが、いつもの笑顔で私の頭を撫でてくれた。


 私は嬉しかった。心の何処かで、もう会えないのではないかと思っていた。しかし、お姉ちゃんは此処ここにいる。私はお姉ちゃんと一緒なのだ。もう何も要らない、もう何も欲しくない。お姉ちゃんさえ居てくれたら、もう私にはこれで十分なのだ。


 それにしても、この赤子は誰だろう。ひょっとして、お姉ちゃんの子どもなのか。お姉ちゃんは誰かと結婚したのか。それでも構わない、私はお姉ちゃんと一緒なのだ。


 そう言えば、お父様の気配がしない。あの地上に戻った日から、お姉ちゃんに宿っていたはずのお父様の存在が、今は何処からも感じ取れない。それでも構わない、私はお姉ちゃんと一緒なのだ。


 いつまでも幼女のようにしゃくり上げる私に、お姉ちゃんは優しく手で髪をいてくれる。その動きは定められたように繰り返され、指先に込められた力は今にも消え入りそうなほどに弱々しい。それでも構わない、私はお姉ちゃんと一緒なのだ。


 でも、私には分かっていた。本当は分かっていたのだ。お姉ちゃんのうちにあった生命力は、もう尽きかけて……いや、とっくに尽きていたのだと。


 これは魔力の残滓ざんしが魅せる幻だ。お姉ちゃんは私の手の届かないところへ行ってしまった。私はお姉ちゃんと一緒には居られない。全てはもう終わってしまった後なのだ。


 それでも、お姉ちゃんが私に何かを伝えようとして、私が此処ここまで来ることを信じて、最期の最後まで魔力を込めて、ずっと待ち続けてくれていたことだけは分かる。


 私は全身全霊を捧げて、その残滓に残る思念を読み解いていく。


 お姉ちゃんが遺してくれたもの。そこまでして私に伝えたかったこと。その全てを寸分違わずこの身に刻み込むために。そして、お姉ちゃんをかたどるものは、大切そうに抱えていた赤子を私に差し出した。


『このオノゴロは神の世界との狭間に位置している』


『新たに降臨した空のアーカーシャにより、他の天人は消滅した』


『この地に高純度のマイナが満ちるとき、集合意識たる彼らは復活する』


『繰り返しマイナを吸収し、発現することで、それを阻止しなければならない』


『この子はアーカーシャとの間に生まれた娘』


『いつか娘が成長し、子孫に再びアーカーシャが宿るまで守り続けてほしい』


『あなたを元に戻してあげられず、何もかも背負わせてしまってごめんなさい』

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