第三章 1-2
「ねえ、さっきのはどういうこと?」
要塞と
先ほどの兵士の話を鵜呑みにするならば、既に
一方、当の本人は動揺した素振りを
始めは本当にミストリアが教国を訪れ、儀式の準備を進めていたのではないかと
しかし、たとえ皇女の密偵の監視を掻い潜り、教国への出入国を繰り返していたとしても、御幸ともなれば隠し通すことは出来ない。
また、帝国の時のように奉迎の使者を派遣していないことも妙である。教国の国是と教義を鑑みれば、天人地姫の来訪は是が非でも把握しておくべき重大事項であり、国を挙げて
そうなると、国内で何らかの異変が生じているのかも知れない。それはきっと、今時分に越境する巡礼者が少ないこととも無関係ではないはずだ。
「
眉間に皺を寄せる彼女を一瞥してミストリアが呟いた。どうやら目星が付いているらしく、どこか諦めた様子でもあるのだが、彼女には納得することが出来なかった。
ミストリアではない誰かが、先に教国を訪れて儀式の準備をしている。そして、己こそが天人地姫であると吹聴しているのだとしたら……。
あまりにも馬鹿げた推論に、不快極まりない結論に、最初は理解が追い付かずにいた。しかし、先入観を排して考えてみれば、答えは一目瞭然であった。即ち、天人地姫の偽物がこの地に
よくもまあ、そんな命知らずな真似が出来たものだ。王国であれば不敬罪、帝国となると反逆罪、そして教国に至れば
彼女は憤りを顕にした。こんな暴挙を許して良いわけがない。すぐにでも関所に取って返し、兵士に談判したいという衝動に駆られたが、呆れた様子のミストリアに諌められてしまう。
「今更騒いでみたところで、逆にこっちが偽物呼ばわりされるのが関の山よ」
ミストリアの忠告に彼女も冷静さを取り戻す。ここで
街道を歩きながらこれからの方策を考える。しかしながら、一つの事柄に
「きゃっ! んもぅっ……!!」
突然の悪戯に彼女は
彼女は赤面しながら抗議の声を上げる。ミストリアは尚も笑いが止まらないようであったが、目尻に涙を浮かべながら謝罪の言葉を口にした。その屈託のない笑顔に思わず毒気を抜かれてしまう。
なんだか、昔に戻ったみたいな気がした。それもずっと前、まだ二人とも幼かったときのことだ。あの頃のミストリアは聡明ながらも、歳相応の子供らしい無邪気さを持ち合わせており、時折こうして無意味な悪戯をしたものだった。
共に過ごした日々は色褪せることもなく、今もなお鮮明に心の
……何を馬鹿なことを考えているのだろう。ほんの僅かに離れていただけで、もうミストリアを過去へと追いやってしまうのか。そんな器用な真似が出来るくらいなら、始めから
自分は過去を現在に、そして未来へと繋げるために、どこまでも無数に散らばるが、それ故に、か細い糸を伝ってここまでやって来たのだ。それがもう途切れてしまっていたなんて、そんなことがあるはずはない。
「きゃっ! んもぅっ……」
思わず、ミストリアを抱き締めていた。この温もりが、この柔らかさが、この心地良さが、ミストリアなのだ。それは昔から何一つ変わっていない。いま
腕の中からは少しだけ
この抱擁は国境での再会を祝し、誓いを新たにしたものではない。
ただ、怖かったのだ。頭では分かっているはずなのに、逢えなかった時間が全てを過去へと塗り変えて、あの輝かしき日々を思い出の中へと封じ込めてしまうような、そんな得体の知れない恐怖に怯えていたのだ。
「まったく、いつまでも私に甘えてばかりでは駄目だからね」
そんな彼女の心の慟哭を察したのか、ミストリアも一度強く抱き締め返すと、肩に手を掛けて引き離し、微笑を浮かべながら語り掛けてきた。
それはまるで、姉であり、母であり、そして
『あなたはこのことを忘れてしまうけど……もしも、思い出したときには、必ず私に会いに来てほしい』
不意に、あの言葉が脳裏を
一瞬、それを伝えるべきなのかと迷った。気恥ずかしいと思うし、真意を知りたいという想いもある。
しかし、一度口に出してしまったら、何かが決定的に壊れてしまうような気がして……彼女は
やがて、ミストリアは彼女に背を向けると、何事もなかったかのように街道を先へと歩いていく。彼女は迷いを振り切るように
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