衝突願望その3

家路についた私は結局コンビニにもファミレスにもガスリンスタンドにもよらなかった。それもこれもダッシュボードから聞こえてくるラジオのニュースのせいだ


それは昨今よく見聞きするアクセルとブレーキの踏み間違えふみまちがえをした老人がコンビニに突っ込んで窓ガラスを割ったというものだった。私はカーナビに内蔵されたラジオをつけるのが久しぶりだったのだが完全に調子を崩してしまった。玄関で大きくため息をついたあとカーペットを足でグチャグチャにした。蹴りつけるのではなく擦り付けるといった具合にだ。そしてしゃがんで綺麗に整えた


それでも気分は晴れずに一旦夕方のニュースを見ることにしてリビングのソファーに座って遅めの昼食を取ることにした。時刻は五時を過ぎていた。夫と二人で暮らしている2DKのマンションは三つに間取りが分けられていて私は玄関からダイニングキッチンにむかい冷蔵庫を開けた。朝の残りの焼き紅シャケと漬物を取り出してダイニングテーブルに置いたあと冷凍庫からだしたご飯を電子レンジ入れた


電子レンジにうつる中年の女の顔はやつれている。オレンジ色のライトがついたあとシンクの前に腰を寄りかからせた


ブレーキとアクセルの踏み間違え…か。むしゃくしゃした老人が私と同じようにブレーキを踏む衝動に駆られていたのかな。もしかすると同じような衝動を持った人間が多いのかもしれない。お金には困っていなくてもどこかで誰かに見えないところで悪いことをしてみたいと思うのは必然かもな。私もネットに悪口でも書き込もうかな


「見出しは質の悪いコンビニの客?」いやネットの誹謗中傷とか炎上に参加するのも色々と知らないと出来ないな。そういうものは賑やかに現代を楽しむ若者とかおじさんがやることかも。悪口のやり方も新しくなっているだろうからついていけないな。◯ちゃんねるとかのやり方じゃ炎上する側になるし。そもそもどうやって話題作りをするのかがピンと来ないんだよな


でもネタは考えていた方がいいような気がする。別のストレス解消を見つけてブレーキを踏むクセをなんとかしなきゃ


電子レンジの完了音が鳴った。サランラップに包まれた白米を指で摘んでダイニングテーブルにある冷えた紅ジャケの乗っている皿に投げた私は皿と漬物の蓋つきの器を持ってリビングにある少し小さい長机に置いてリモコンを手に取った。不思議なことに机やふすま、布団を蹴ろうとする衝動は現れないのだ


テレビをつけると。真顔で原稿を読む美人が映った。お台場にあるテレビ局の放送だった。タイミングは悪く。アクセルとブレーキを踏み間違えた老人の車が無惨にコンビニの入り口自動ドアに突っ込んでいた。私は気を取り直して冷静にことを考えた


「うん、やっぱりそうだ。誰にも知られずにストレスを解消するためにブレーキを踏みまくっていたからこうなったんだ。ミスらないようにしなきゃな」


独り言は虚しくリビングに響いた。暗くなってきているのでテレビとは別のリモコンをとって電気をつけた。ニュースは中国で起きたあり得ないトラック事故を映していた。トラックにぶつかった原付バイクの運転手は無事だったとか何の情報なんだか


今考えていることは前に上手く使えないインターネットで検索したうつ病の妄想疾患なのかもしれない。パチンコでも打った方が良いのだろうか。ああいった趣味を持つ人たちは別の意味で健康を維持している気がする


そう考えた私は夕飯は食べずにパチンコ屋に行こうと考えた。パチンコ屋の近くにある飲食店でお酒でも飲めば気分も晴れるかもしれない都内のマンションから駅まで散歩するのも悪くない


でもコンビニの客よりかも騒々そうぞうしい人たちがいるなと思った後。テレビの番組表のボタンを押した。長いことドラマや映画を見ていない。若い時は憂鬱ゆううつになったら深夜までテレビを見ていたものだ


星新一の短編のように不思議なバイトにありつけるのならばやってみたい気分だ。そうだ明日のバイトの前に求人誌でもみて別のパートを見つけてみよう。そう思い立って私は手をつけていなかった皿を放置して装いそのままにマンションを出た


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