第12話 殴り愛
クロエとエンギルが睨み合う。
バチバチと、二人の間に稲妻が走ったようにカイには見えた。
ここは、ウルフシン寮前の広場。ウルフシン寮生はこの広場でよく訓練や自主トレーニングを行っている。そんなところで、クロエはエンギルと喧嘩をすることを決めた。
「一つ、先にいいですか。今一発だけ殴らせてくれるのなら、私達は退きます」
「その要望は受け取れねぇな。テメエはオレに喧嘩を売りに来たんだろ。ノッてやるから、来いよ」
交渉決裂。
クロエはニィ、と嗤って構える。エンギルもそれに従って構え、二人同時に走り出した。
カイは二人の喧嘩を見守りつつ、クロエが危なくなったときにいつでも助けに入れるよう準備をする。だが、その準備はいらないだろう。
__ゴッ。
「ッハハ!!!」
鈍い音と、クロエの笑い声が聞こえる。彼女は自分よりも遥かに体格が良い相手と対等に渡り合っていた。彼女の体は転生特典によってかなりスペックが高く、特に腕は常人よりも強くなっていた。
何故ならば、彼女の前世の要望がひっそりと叶えられていたから。
”黑縁”は、右手首を痛めやすい体質だった。わかりやすく言うと、慢性的な腱鞘炎を右手首に抱えていたのである。よって、転生する際に”次は腱鞘炎とかにならない体になってると良いなぁ”と心のなかで思っていたのを天使は見抜き、叶えていたのである。
…なので。
「やった、痛くない!アハハッ、やった」
どれだけ殴り合っても腕が痛くならないクロエは、少々ハイになっていた。
___ガッ!
___ゴッ!
鈍い音が広場に響く。
いつの間にかウルフシン寮生が広場に集まっており、クロエとエンギルを取り囲むようにして二人の喧嘩を見ていた。
「__ハァッ、ハァッ。ふ、うふふ、アハハハァ。楽しいんですねぇ、体を動かすのって!全力で動けるのって!」
「テメエは今までそういう相手がいなかったんだろうなぁ。そうだぜ、楽しいんだよ、全ッ力で体を動かすのはッ!!」
クロエもエンギルも互いにハイになっており、テンションがおかしくなっている。現在殴り合っている原因も忘れて、単純に喧嘩を楽しんでいた。
「やっぱ変わりすぎぃ…」
そんなクロエの様子を見て、カイは一人頭を抱えていた。”変わってるな”とは思っていたが、まさかここまでとは。親友の豹変ぶりに、頭を抱えていた。
「__フゥーッ。そろそろ、終わりにしますか、センパイ。付き合ってくれて、ありがとうございます」
「あぁ、口惜しいけどな。久しぶりに楽しかったぜ?」
「…そして、謝れッ!!!」
クロエの奇襲にエンギルは目を見開く。直ぐに反撃をするが、防ぐことができなかった。
「グッ」
「っ!!」
防ぐことはできなかったが、クロエにきっちり攻撃を入れる。
互いにフラフラとよろめき、エンギルは満足げに笑って、__倒れた。
ウルフシン寮生がどよめく中、カイはクロエの元へと駆けつける。クロエはカイへ向けて、こう言った。
「…なんか途中から”殴り愛”になってた気がする」
うん、間違いないとカイはうなずき、クロエを担いでウルフシン寮を後にした。
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