第41話 教会の墓地

 レーアは、目を開けた。白い天井を見つめる。薬のにおいが鼻をついた。右肩が痛いし、固定されて、腕も動かせない。

 寝息を聞いて、レーアは横を向く。

 レーアが横たわっているベッドのすぐ隣に、椅子がふたつ並べられていて、クラウスとエルヴィが座っていた。二人とも、目を閉じて寝ている。互いに体を預けている様子は、家族のようにも、恋人のようにも見えた。

「クラウス……?」

 レーアは、仮の兄のことを名前で呼んだ。四年前、一人っ子が寂しくなっていた頃に、クラウスが現れた。頼りになりそうな年上の男の子で、しかも優しい。家族に迎えることになったのが無邪気にも嬉しくて、だからクラウスのことを兄さんと呼び始めた。

 おかしいのはわかっているし、たまに恥ずかしくもなる。でも父も母も、何より、クラウス自身、兄さんと呼ぶのをやめさせようとはしてこない。今さら名前で呼び始めるのも変だ。だからレーアは、クラウスのことを兄さんと呼び続けた。

「クラウス、エルヴィと仲良さそう。会ったばかりなのに変なの」

寝ている間に二人に何があったのだろう。

 でも生きていて、くれていた。

 二人は、学校を襲った狼たちに殺されてなどいなかった。こうしてレーアの目の前で、息をしている。

 怖かった。学校の教師や友達も、兵術学校の人たちも、狼に咬み殺された。自分も肩を咬まれ、痛みの中で狼の息のにおいを嗅いだとき、死ぬんだと思った。自分も、クラウスもエルヴィも。

だから、今目の前にいる人が無事でいたのが、嬉しい。

「ずっと私のそばにいたんだね」

 クラウスの寝顔に向けて、レーアは声をかける。

「なんか、ちょっと昔みたい。恥ずかしいな。私が兄さんと呼ぶからって、過保護だよ」

 レーアが熱を出して休むたびに、クラウスはこんな風にベッドから離れようとしなかった。大丈夫だから、学校に行かないと、とレーアが言って聞かせて、クラウスはやっと部屋から出ていく始末だ。そして学校が終わると、急いで家に帰ってきて、レーアにつきっきりになる。一緒にいてくれる人がいてくれて、ほっとした反面、照れもした。

 どうせまた元気になるのに。

 昔からこの仮の兄は泣き虫で、心配性だ。レーアや、家族のことを一番に考えてくれる。さすがに出会ってから四年もたち、友達も増えると、家族以外の人との時間も増えた。けれどレーアに何かがあると、離れられなくなることは変わらないらしい。

失ってしまうのを恐れているみたいだった。

 クラウスの瞼が震えた。ゆっくりとその目を開ける。

 黒い瞳を見て、レーアは喜びで目に涙を浮かべた。

「兄さん、おはよう」

 普段どおりにクラウスのことを呼んで、泣きながらだけれど、明るく言うことができた。

「ああ、おはよう」

 クラウスが声をかけて、そして頭に手を伸ばしてくる。

 クラウスの、ちょっと昔よりも大きくなった手に撫でられた。

「よく、生きていてくれた」

「当たり前だよ」

 怖かったという気持ちを押し隠して、レーアは強がる。

「私に何かがあったら、兄さん泣くでしょ」

 今も、クラウスは目に光るものを浮かべているけれど。

 やっぱり仮の兄は、泣き虫だ。

 話し声で、エルヴィも目を覚ました。青色の瞳に、レーアの顔が映っている。

 エルヴィは、そっと手を伸ばしてきた。

「えっ、何?」

 レーアは、エルヴィに抱かれていた。

「無事でよかった」

 クラウスといい、エルヴィといい、大げさだ。

 レーアは動かせる左手を、エルヴィの背にまわした。

「エルヴィも、生きていてよかった」

 レーアが声をかけると、エルヴィはそっと、背中を撫でてくる。

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