第13話

 命令により、普段は訓練に使用する機関銃を、臨時の戦闘用の武器として装備する。制式の銃と比べて威力は低いが、市街戦となると民間の建物などへの被害を最小限に抑える必要があるから、これで十分だった。

 軍服に身を包んだクラウスは銃弾と、機関銃を持った。軽く銃口を見たり、引き金を引いたりして異常がないことを確認すると、その機関銃を背負い、銃弾などの入ったバックパックを背負う。

「おい、クラウス」

 呼んでくる者がいた。クラウスよりも頭一つ大柄な男、ユージン。

「準備は、できたのか」

 冷たい視線だ。これから戦闘になるかもしれない不安を和らげてやるためというよりは、同じ小隊だからとりあえず声をかけておいたという感じもする。

「ああ」

「くれぐれも、敵と内密に連絡を取り合ったりはしないように」

「何だと?」

「そういえば、エルヴィが現れて日がたっていないな。彼女と今回の件、何か関係があるのか?」

「憶測でものを言うな」

「ユージン、クラウス、喧嘩はよせよ」

 アレンが機関銃を背負った状態で、二人の間に割って入る。

「こんなときに仲間割れをしている場合じゃないでしょう」

 ローゼマリーも宥める。

「わかっています、先輩。俺は気にしていません。どっちみち携帯なんて使い物にならなくて、敵と連絡を取り合う手段もない」

 クラウスが嫌味を言ってのける。

「クラウス君、変な冗談は言わないで」

 ローゼマリーにたしなめられるが、クラウスは別の場所へと向かっていた。

 機関銃や小銃といった火器ではない、剣が並べられている区画だ。戦闘用というよりは、儀礼用に使われることが多い。

 クラウスはそのうちの、なるべく短めの剣を手に取る。

「クラウス君、どうしてそんなの持ち歩くの?」

 ローゼマリーがついてくる。

「持っていても邪魔になるだけだよ? 置いたら」

 彼女の言うとおりで、火器の前ではまったく使い物にならない兵装だ。

「いえ、これを持っていきます」

「クラウス、それで本気で戦う気か?」

 アレンも疑念の目を向けてくる。

「連絡が途絶える前に、ユーリスさんは獣と言っていた。街を襲っているのが人だけとは思えない」

 クラウスの頭にあったのは、エルヴィを救出した際に遭遇したあの狼だ。機関銃がまったく通用しなかった。一瞬で移動するあの獣に一発も命中させることもできず、背後にまわられて、結局は、機関銃を鈍器にして薙ぎ払って、かろうじて生き延びられたのである。

 ユーリスの言っていた、街を襲っているという、獣。それがもし、クラウスの遭遇したあの狼と同類とすれば、機関銃は重く取りまわしが悪くて邪魔な武器だ。

「でも」

「いいんじゃないですか、ローゼマリー先輩、それからアレンも。こいつの好きにさせれば。適切じゃないと考えれば、こっちの体調が置いていくよう命令するはずですし」

 後からついてきたユージンが止める。二人は、ユージンの言葉に押されて何も言い返さなかった。

「それより、ローゼマリー先輩は別の小隊でしょう。急がないと、他のメンバーに迷惑ですよ」

クラウスは言いながら、剣を腰のベルトに差した。

「私がいなくなっても大丈夫? またトラブりそうなんだけど」

「マクガリフ先輩が目を光らせてくれます。気にする必要はないですよ」

 アレンは、そうやって先輩を行かせる。

「じゃあ私は行くから」

ローゼマリーは、先に行った。

クラウスたちも、武器庫を出ていく。



『急ぎ正門付近へ集合せよ。市民に死者が出たとの情報もある』

 タルムの館内放送が響く。

『なお現在、通信障害が発生し、街の外部からの連絡が途絶えている。各隊、落ち着き、無線端末での連絡を密にせよ』

 ちなみに兵術学校から支給されている無線端末は、通信基地がやられて通信障害が発生している最中でも、ウルム市内に限り電波が届く。

「邪魔になるならさっさと捨てろよ」

 ユージンが武器保管庫の出口を目指す。装備の準備に手間取ったアレンに向かって、「急げよ」と声をかけながら。

「こっちも準備できているっての。クラウス、行くぞ」

 アレンも、クラウスの腰の剣を気にする様子を見せたが、急ぎユージンを追いかけていく。

 兵術学校の校舎前の広場。そこにクラウスは集合した。他の候補生たち――今は臨時の正規兵だが――に加わり、整列する。

 列を成した候補生たちの前に、一人の候補生が立っている。

マクガリフ・カーター。ウルム兵術学校の三回生であり、クラウスたちの二つ上の先輩だった。有事の際にあらかじめ組分けされている小隊の、クラウスたちの小隊長である。

「第一小隊の二十名、そろったな。クラウス、なぜ剣を? 邪魔になる武器は……」

 他の小隊員も、クラウスだけが近接戦闘用の武器を持っていることを気にしている。

「近接戦闘の可能性もあります」

 時間が惜しいとばかりに、クラウスは先輩の言をはねのける。

 事実、時間が惜しい状況。マクガリフはそれ以上の追及をせず、続けた。

「我々が先に出る。タルム教官の命じたとおり、状況の把握と報告を目的としつつ、市民の保護を最優先にしろ。状況に応じて隊を分ける」



 ウルムの街に出た。見慣れた街並みだ。暖色のレンガ造りの建物が並んでいる様子は、男子から見ても、歩きまわりたくなるし、それが雪化粧をまとっている様子はなおのこと、温もりがある。

 だがクラウスは、この街並みに違和感を抱くことになった。

「静かすぎる」

「ああ、銃声が聞こえない」

 ユージンがつぶやくとおり、聞こえてくるのは戦時中によく鳴り響いていたという、市民に避難を命じるサイレン。

 街が襲われているというのが嘘に思えるほどだった。

 さっきの指令は誤りか、と思えるほどに。

『街では通信が使えなくなったが、その直前に市民からの多数の通報が寄せられた』

 タルムが無線を飛ばしてくる。

『そのまま言うと、化け物に襲われている、というものだ。意図は不明だが、多数の市民が理由なく錯乱しているとも思えない。状況がわかり次第逐次報告せよ』

 別の小隊が承服する無線を飛ばす中で、マクガリフも「了解」と無線を飛ばしている。

 化け物、という言葉が、クラウスには引っかかった。

「クラウス、どうした? 急ぐぞ」

 マクガリフが注意を飛ばしてくる。クラウスは我に返った。

「すみません」

 マクガリフが駆け出すと、クラウスたちも走り出す。他の二十名の小隊員たちと一緒にそのまま雪を蹴散らして、静かなままの街へと出ていった。

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