第6話

 エルヴィの発見から、三日後。エルヴィは医務室を出ることになった。その日の訓練を終えたクラウスは、彼女を連れて兵術学校の門へと向かっていた。大きな紙袋を持った、ローゼマリーも一緒だ。

「とりあえず、退院おめでとう」

 廊下を歩きながら、ローゼマリーは言う。

「ありがとうございます、ローゼマリーさん」

「そんなにかしこまらなくていいよ。軍じゃないんだし、変な上下関係なんてないない。友達みたいに気さくにいきましょ」

「そ、そうだね」

 エルヴィの体の回復は順調だった。意識を取り戻したその日はきちんと食事もとれたし、翌日には歩きまわれたほどだ。退院に結局三日もかかったのは、記憶障害の検査が理由である。

 結局、エルヴィの脳に異常はなかったし、記憶障害の理由は不明だ。だが日常生活には支障ないらしい。

「で、クラウス君、エルヴィをきちんと家に送るんだよ、変な寄り道はダメだからね」

「まっすぐ帰りますって」

「二人きりだから、街で何かやらかさないか不安」

「俺が何企んでるって言うんですか! しかも、アスランさんも一緒です! もうすぐここに着くって連絡が」

「ならよかった。……危うく嫉妬するところだった……」

「何か言いました?」

「ううん! 何でもない!」

 ローゼマリーが妙に激しく首を横に振る。

「あっ」

 エルヴィが、足を止めた。クラウスも、前方にいる人物に警戒心が芽生えてくる。

「ユージン」

「どうしたクラウス? そんなに警戒して」

 廊下の向こうから歩いてきたユージンは、素知らぬふりをしているけれど、瞳に潜む敵意はそのままだった。

「もう、ここを出ていくんだな」

 ユージンは、エルヴィを睨む。クラウスは、エルヴィの前に立った。

「ユージン、勝手な行動は許さなくてよ」

 ローゼマリーが警告した。

「止めるつもりはありません、ローゼマリー先輩。たまたますれ違っただけですので。上がここを出てもいいと決めたなら、従うまでです」

 ユージンは、再び足を動かした。そのままクラウスと、エルヴィとすれ違う。

「……でも変なことをすれば、必ず捕える」

 エルヴィにささやく。

「ユージン!」

 クラウスはたしなめるが、ユージンは止まらなかった。そのまま廊下を歩いていく。

「クラウス、挑発に乗ったらいけないよ」

 ローゼマリーの言葉で、クラウスは冷静さを取り戻した。一方的に敵意を向けてくるユージンに思うところはあるが、自分が取り乱すわけにはいかない。

「あいつの言うことは、気にしなくていい」

 エルヴィに先に進むよう促す。

 そうしているうちに、建物を出て、三人は正門にたどり着く。

「じゃあ、ゆっくりしていってね。アスランさん、本当にいい人だから、よくしてくれるはず。さっきみたいなことは絶対に言われないから」

 ローゼマリーは、エルヴィに声をかける。

「私は、大丈夫。何もしなかったらいいだけだし」

 エルヴィが、無理して笑っているのが痛々しい。

「ごめんね、こんなことに巻き込んで。後輩なのに、管理不行き届きだわ」

 ローゼマリーが謝ると、エルヴィは困った顔になる。

「謝らないでください。ローゼマリーさんは悪くないですから」

「私も何かあったら相談に乗ってあげる。困ったらクラウスでも私でも頼るんだよ」

「そうします」

「謝らないでと言われたけど、ほんとごめんね、感じ悪い空気にして。さて、気を取り直して、行こっか」

 三人はそのまま、移動を続ける。

そして、建物を出て、兵術学校の門に着いた。

「ここにアスランさんが来るんだよね、クラウス」

「はい。もうすぐだと思いますが」

 アスランは、まだ来ていない。

「そうだ。そろそろこれ、渡すね。エルヴィちゃんへのプレゼント」

 ローゼマリーは、持っていた紙袋をクラウスに押しつけた。

「着る服、これから必要でしょ。アスランの家に着いたら、見てみて」

「え? いいの?」

 突然の贈り物に、エルヴィの目がぱっと輝く。

「遠慮しないで。服のチョイス、正直楽しかったし。似合いそうなの選んでみたけど、気に入ってくれたらいいな」

「で、どうして俺に持たせるんですか?」

 クラウスが尋ねると、ぎろ、としたローゼマリーの視線が向けられた。

「女の子に持たせるの?」

 返す言葉がない。

 しかもこの紙袋、クラウスの側に付箋が貼られている。エルヴィには見えず、クラウスにだけ伝わるように、こう書かれていた。

 ――エルヴィちゃんがオシャレ決めたからって、見とれるなよ! 色ボケ後輩!

 誰が色ボケだ!

「あ、アスランさん」

 エルヴィが、門の外に目を向ける。その隙にクラウスは紙袋に貼られた付箋を剥がし、くしゃくしゃに丸めてポケットに入れた。

「やあ、お疲れ」

 アスランが、手を振った。クラウスとエルヴィは、ローゼマリーに別れを告げると、アスランのほうへと足を進めていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る