第26話 殺しの依頼
王都ラグの街並みは、レオの村や近隣の街とは比較にならないほど発展している。焼き煉瓦や白い石畳はいつだって綺麗に整備されていた。
教会や美術館、図書館といった静かなところもあるが、夜ともなれば劇場に酒場、商店街と活気に満ちた場所のほうが目立つ。
月夜を眺めながら、ハクは前を歩くディランに話しかける機会を窺っていた。ずっとアイナが日常的なことばかり彼に語り続けるせいでタイミングを測りかねていた。だが、公園通りまで差し掛かったところで無言となり、話しかける暇が生まれる。
「ディラン様。我々は今後、どう活動していく予定でしょうか」
ハクが伺いたいことは他にもある。ディランにとっては初めての失敗であり、尾を引いてはいないかという心配。それと、現在行方不明になっているフィアについてはどうするつもりなのか。
ディランはまるで忘れていたとばかりに、振り向いて軽い返事をした。
「ああ、それならもう考えてあるよ。忙しくて二人にはまだ伝えてなかったね、ごめん。まずはフィアを迎えに行こう。実はね、ようやく彼女を目撃した人を見つけたんだ。今はレオの村に帰っているらしい」
「ええー、やっぱそうだったんだ。っていうか、いきなり帰るってちょっとねえ」
アイナは不満がありありと見える顔になり、フィアについて文句を垂れ始める。だがディランは淡々と首を横に振る。
「きっと僕にも何かしらの落ち度があったんだ。彼女を責めないでほしい」
「あ、いや。別にあたしはディランが悪いとかは全然言ってないよ。ただちょっと、ね」
「ディラン様。では地竜を手配して参りますので、明日にも向かうことにしましょう」
ハクはディランが了承すると踏んだ上で提案した。しかし、意外にも彼は首を横に振る。
「確かに地竜が最適だけど、その前にすることがある。彼女とご両親に手紙を送ることが先だ。いきなりの来訪は礼に欠ける」
「も、申し訳ございません! 失念していました」
「いいんだよ。手紙はもう書いてあるから、できる限り早く届くよう手配してくれ。僕らは二日後、馬車でレオの村に向かうとしよう」
「はっ!」
「それと、僕はこれから用事があるんだ。君達は先に帰っていてくれ」
「え、何処行くの」
アイナは剣聖についていつでも興味津々だった。ディランは彼女の興味を、いつも笑ってはぐらかす。
「ちょっとした野暮用だよ。言うほどのことじゃない」
「何それ、超気になるんだけどー」
ハクは礼に欠けた魔術師の行動に苛立ちがあったものの、ぐっと堪える。もう一つの質問を、どうしても今する必要があったからだ。
「話が変わってしまい恐縮ですが、あの魔物の件はどういたしましょう」
「ん? ああ、問題ないよ。僕らのミスにはならなかったからね」
「は、はあ……」
「さっきギデオットと話して分かったよ。事前に決めていたとおり、彼が主導で僕らはただの支援。だから、僕らの経歴には直接的に傷がつく事はない。安心していいよ。それじゃあ、また明日」
ハクは呆気に取られ、去っていくディランの背中を眺める。絶対と言われていた自らの剣で倒せなかったことが、彼にとって衝撃だったのではないか。だがそれは、どうやら杞憂だったらしい。アイナはまだ顔が膨れていたが、渋々引き下がるしかなかった。
◇
酒場街の路地裏に、一台の小さな馬車が停まっている。黒塗りで統一されたその馬車は、用意されている馬もまた体毛が黒であり、深夜であるほど視認が難しい。
馬車の特等席に一人の女が座っている。
フードを深く齧り、紫色のローブを纏っている。黒い蛇を模したネックレスを首からぶら下げ、一眼で良からぬ素性とわかりそうな女だった。
そんな女が一人だけの馬車に男が乗り込む。黒く長い髪と髭、眼鏡にコートという出立の男だった。
「君はなかなかに仕事が早いな。フィアがレオの村にいたんだってね。証拠を見せてもらおうか」
こくりとフードが縦に揺れたかと思うと、男の目前に水晶が現れる。いつの間に置いたのか不思議ではあったが、彼はそれどころではない衝撃を受けていた。
水晶には映像が現れ、森の中でフィアが楽しそうに男と過ごしていた。映像は途中で途切れ、続いて現れたのは、見るも不思議なダンジョンを召喚する彼女の姿。二人は仲良く肩を並べ、不可思議な扉の奥へと消えていく。
「なんだ……これは」
「カラスの目……を……使って見てる」
黒髪の男は小さく震えていた。不気味な術よりも、フィアの行為に驚きを隠せずにいる。
「……SS級……すぐは無理」
フードの奥から囁く言葉に、男は苦い顔になりつつも同意した。まるで彼の心を読んでいるように、先回りをした一言だった。
ギフトダンジョンにはランクが存在する。BランクからA、S、SSの順に高難易度かつ素晴らしいスキルを提供してくれるのだ。派手な召喚を見る限り、フィアのダンジョンはSS級に間違いない。
ギフトダンジョンは資格者を選ぶ。最上位のダンジョンであれば、選定ははるかに厳しくなるだろう。恐らくどんなに努力しても、一ヶ月は費やさざるおえないはずだ。そう男は予想した。
「そう……だな。そうだ。恐らく毎日通わせて、なんとか資格を渡そうとしているのだろう。それで、こいつの名は?」
もはや検討はついていたが確認は必要だろう。しばしの沈黙があった。黒髪の男は苛立ちながらも続きを待つ。
「ジーク・シード」
やはりか。フィアの奴、よりもよってあんな男にギフトダンジョンの資格を渡そうというのか。許すわけにはいかない。断じて。
「追加の依頼を頼みたい。奴を……ジーク・シードを暗殺してくれ。可能な限り迅速に」
「……」
「金は一億G払う。決して足がつかぬよう、細心の注意を払ってほしい」
悪くない額のはずだと男は考える。一億あれば十年や二十年は安泰だ。だが、フードに包まれたそれは何も動く気配はない。
「……分かった。では二億だ」
「……十だ。聖女が関わる以上、リスクが……ある」
ふっと破顔した後、男は負けたとばかりに両手を上げて見せる。その後、自らが持参していたケースを渡した。
「やっぱり盗賊ギルド【黒蛇】のボスをしているだけあって、慣れているよね。じゃあこれは前金という話になるな」
ボスと呼ばれた者は、急いでケースを確認するような真似はしない。彼女は多くの人間を殺し、盗み、奪ってきた経歴を持ち、誰よりも慎重だった。その素顔や髪の色さえも、部下にも見せたことがないという。
「まず今日のところは一億渡しておく。ケースの中を確認しておいてくれ。奴を倒したら残りを渡そう。いつまでにカタをつけられるかな?」
「……一週間」
「充分だ。では契約成立、ということでいいね?」
「ああ。すぐ、部下を向かわせよう。……私もゆく」
男は静かに立ち上がり馬車を出た。周囲をつけられていないかを確認しながら、大きく回り道をして別の路に入る。
彼は自らの頭を掴むと、黒いカツラを静かに外した。メガネも口髭もコートも脱いでバッグにしまう。変装がなくなれば、残ったのは剣聖と呼ばれている男の出立ちのみ。
「君が悪いんだよ、ジーク。僕の邪魔になるようなことは、一介の村人にあってはならないことなんだ」
ディランは薄く笑い夜の闇に消えた。二日後、剣聖パーティはレオの村に向けて出発した。
彼が雇った盗賊達は既に出発している。剣聖達がレオの村に辿り着いた時には、ジークは葬式が行われている頃合いだろう。
剣聖ディランは手段を選ばない。例え、それが罪なき人の命を奪うことになったとしても。
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