第24話 ディランと討伐隊

 幹部より討伐依頼を受けたディラン達一向は、王都ラグからはるか西に位置する、名もなき荒地へと馬車を走らせていた。


 植物がほぼ生き絶え、地肌が剥き出しになっているだけの土地。もう少し西に行けば竜族の古代遺跡という文化的価値に溢れた建造物が存在するが、今回向かう場所には本当に何もない。


 本来なら地竜を借りて向かうべきところだったが、ディランは馬車で進むことにする。既に討伐部隊はいくらも向かっているところだったし、自分達の出番はないはず。ただ、幹部からの依頼を受けて向かったという体裁を作れれば良かった。


「それにしても意外ですな。あのような土地に、巨大な魔物が出現するとは」


 馬車に揺られながら、聖騎士ハクはディランに向けて声をかける。魔術師アイナは先ほどからネイルの手入れを続けていた。ディランに対しては常時愛想が良い彼女だったが、ハクに対しては素っ気ない。彼にとって、暇な時の話し相手といえば剣聖しかいない。


「全くだ。しかし、話に聞く限りでは下級としか思えないね。クロコダイルが大きくなったようなものだろう」

「ええ。ですが、普段とは何かが違う気がします」


 それは長い間、戦場で培ってきた騎士としての勘でしかなかった。ディランは柔らかな微笑を浮かべる。


「気にすることはないよ。僕らはいつだって、みんなで困難を乗り越えてきたじゃないか。残念ながら今はフィアが不在ではあるけれど、きっと三人でも大丈夫さ」


 ようやく爪の手入れに納得がいったアイナは、ディランに向けて満面の笑みを浮かべる。


「そうそう! 騎士さまは心配性すぎるっしょ。あたし達なら楽勝。つっても、不戦勝になりそーだけど。そこがちょっと不満かなー」

「魔術師として、少しばかり楽観的過ぎるのではないか。敵は大きさだけなら、ギガンテスにも比肩し得るという話だぞ」

「昔話の魔物と一緒にされてもね。実在するかも怪しいヤツっしょ」

「貴様……我らが伝承を侮辱するつもりか。小娘風情が」


 以前から二人は不仲だったが、フィアが毎回仲裁に入っていたため丸く収まっていた。今はその役目を自分がするしかないことに、ディランは嫌気が差していた。


「二人ともやめないか。僕らは多くの人々の希望であり、模範だよ。そうやって——」


 なだめようとした時だった。何かを叩きつけたかのような音が響き渡り、大きな縦揺れが三人を襲った。咄嗟にディランは幌の隙間から前方を確認し、すぐに事情を察する。


「二人とも、ここで出るぞ。どうやらまだ戦っているようだ。そして、大方苦戦していると見える」

「え!? マジなの」

「承知! 魔術師、さっさと出ろ」


 アイナの舌打ちが聞こえたが、ディランに構っている暇はなかった。すぐに馬車から飛び出すと、荒地の向こうで交戦している状況を注意深く観察する。


 その魔物は確かにクロコダイルのような外見をしており、四つん這いで這い回っていた。全身が黄色で統一されていて、鱗に覆われた体に、炎や矢、それから剣などが当たっては弾かれている。


 どうやら王都の騎士達と冒険者が混合で戦っているらしい。数にして五十人ほどの集団となっており、魔物一体の討伐としては豪勢だ。だが攻めあぐねている。


「これは……なんと禍々しい動きか」


 ハクは青ざめた顔で、それでも槍と大楯を構えつつ前に駆け出そうとした。


「待て。ここはまず敵の分析と、こちらの手札をよく見る必要がある。指揮をとっている者と話をしよう」


 言うなりディランは、集団から少し離れたところで大声を張り上げている男の元へと向かった。歳は六十代手前、白髪が目立つベテランの冒険者だ。国所属の騎士と冒険者が共同で戦うことになる場合、普通であれば騎士側がリーダーになる。しかし、彼のようなベテランがいれば話が変わった。


「やあ、ギデオット。状況はどうだい?」

「む……ディランか。見ての通りだ。苦戦はしているが、確実に追い詰めている」


 ギデオットと呼ばれた男は、ディランを一瞥するなり苦い顔をした。


「君が指揮を取っているようだね。追い詰めている……か。でも、あのままじゃ厳しくはないか」

「どういうことだ」


 冒険者として四十年以上の経験を持つ男の質問を受け、まだ冒険者歴二年目の男は鼻で笑う。


「奴の姿を確認する限り、恐らくはクロコダイルなどの爬虫類型の魔物だろう。だが耐久力は予想より遥かに高いようだ。少しばかりの剣や魔法で対処しきれるとは思えないな。君たちは奴を抑えることに集中し、僕らの到着を待つべきだった」

「ふん。くだらんな。貴様らなどいなくても、我々で十分だ!」


 ハクは今にも最前線に飛び出したくて仕方ないとばかりに拳を握り、会話のいく末を見守っている。アイナはディランを軽視するような発言をした男を睨みつけていた。


「戦死者はもう出ているのか? ここで失敗すれば君の晩節を汚すことになるぞ。僕に指揮を譲れよ」

「貴様、何を馬鹿なことを」

「見なよ。もう前線が崩れてきた」


 ディランが指差した先では、戦士や騎士達がクロコダイルが振るった尻尾によって弾かれ、順調だった包囲網が壊されつつあった。その獰猛な牙に噛みつかれ、危うく食われそうになっている者もいたが、仲間の救援により事なきを得ていた。


「く! 補助魔法班! すぐに前線を強化だ! 魔法班は奴を牽制しろ! ディラン、今は戦闘中だぞ。少しは配慮したらどうだ。それかさっさと手伝え!」

「君がそこまで強情なら、致し方ないな。では僕らは支援ということで。ハク、アイナ、行こうか」


 忌々しい奴だ、とギデオットは魔物の元へ向かう剣聖の背中を睨みつけていた。元々は補助職である彼は、全体を援護しながら指示を飛ばし続ける。彼の読みではこのままでいけば倒せるはずだった。だが、先ほどの隙に乗じて魔物は一気に攻勢に出る。


 大陸中に響くのではと錯覚するほど、強烈な咆哮が彼らを包んだ。

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