第22話 ステージ3~3 灰色の魔人

 一度目のダンジョンは迷路、二度目のダンジョンはスライム集団。では三回目はどんなことが起きるか。フィアと俺は緊張しつつも、右端の扉を開いてみる。


「ようやく三つ目にきたって感じだね。ギフトダンジョンはね、大体三回目から厳しくなるのが普通なんだって」

「え? 今まではお試しみたいなものだったってこと?」

「うん。学園の先生が言ってたから、多分本当!」


 いったいどんな先生なんだろ。学園生活への好奇心が膨らむ。弟だったら通えたりするのかもしれない。しかもフレドは入学するために勉強してるみたいだし、俺も保護者の代わりみたいな感じで、入って行けたりしないかなぁ。


 とか考えていたのは少しの間だけで、扉の中を見た途端、全く違う舞台になっていることに驚いていた。


「これは……闘技場か」

「えええ。なんか、本格的じゃない?」


 闘技場とは腕自慢の戦士達を戦わせる場であり、場合によっては普通に死者も出てしまう過激を極めたところ。ちなみにラグでは大昔に殺し合いは撤廃され、絶対に人が死なないことを前提とした試合をするようになっている。


 だから、そこかしこに血の跡が残っているような、こういう本格的な闘技場を目にする機会はなかった。


 それと、ダンジョンの中であるはずなのに、ここには屋根がない。灰色の空は暗さと寒々しさを助長しているよう。観客席はあるが人は誰もいない。廃れてしまった舞台という感じ。


 ただ、舞台の中央に騎士が一人いる。そいつは空と同じ灰色の甲冑を纏い、一本の長剣を右手にぶら下げている。円型の舞台は石で作られているらしく、登るために段数が少ない階段が設置されていた。


 奴が突然襲ってくるのではと警戒していたが、想定とは違う角度から事態は動いた。突如フィアの周囲に青い光が現れたかと思うと、牢獄の形になって彼女を閉じ込めた。


「きゃあ!?」

「フィア!」


 あまりにも急だったので理解が追いつかない。俺はすぐに青い鉄格子を掴んだが、これが間違いだった。


「ぐああああ!」


 唐突な電流が頭のてっぺんから爪先まで流れこむ。


「ジーク!」


 フィアは急いで両手を組み、静かに祈り始めた。でも、さっきは俺たちを温め慈しんでくれた光は、こちらに届く前にかき消されてしまう。


「え!? ど、どうして」

「痛ってて……もしかして、ここは魔法が使えないのか」


 彼女の魔法が使えないのか。支援者が介入できないのか。はたまた全員が使えないのか。とにかく、俺が物理的になんとかするしかないことだけは確かだった。


「まあ、そういうステージもあるってことか」

「ジーク……」

「心配すんな。なんとかなるって。じゃあ行ってくる」

「う、うん。頑張って!」


 緊張の面持ちで両手を握るフィアから離れ、俺は静かに舞台へ上がった。ここにきて、ガチガチの決闘をやらされるとは微塵も想像してなかった。


 周囲を見渡すと、舞台の床は四角形のタイルがいくつも並んでいるようだった。一つ一つに剣や槍、盾に鎧と、様々な武器防具の絵がうっすらと描かれている。俺は注意深く目前の騎士を観察しつつ、静かに剣を抜いた。


『ステージ3-3 灰色の魔人』


 時つかさんの声がいつもより冷たく感じた。それは無慈悲な戦いを前にしているから、俺が勝手にそう思うだけかもしれない。ディランに敗れてから五年。自分では必死に剣を磨いてきたつもりだ。


『クリア条件:灰色の魔人を倒すこと 制限時間:10分』


 相手の力量は分からないが、切り合いならこちらにもきっと勝機はある。緊張を過去の経験で緩和させつつ、正面にいる騎士を睨みつけ、ゆっくりと距離を縮める。


 騎士の兜の奥は赤々と輝いている。ゆらりと奴の右足が前に出た。距離はまだ遠いが、殺気は目前にある。剣を正面に構えている俺は、まず重圧と戦わなくてはならなかった。奴の剣は、今までやりあってきた木剣とは違う。奴の殺気は、嘘偽りのない本物に映る。


 そして今更ながらに思う。今回切られたら、実は本当に死んでしまうのではないか。ダメだ! 今はそんなことを考えてる場合じゃない。今は——、


 ふっと風が吹いた気がした。奴が一気に距離を詰め、まるでハンマーを打ち下ろすかのように剣を振る。


「うお!?」


 俺は反射的に左に身を翻し、奴の剣をかわした。ただの予想でしかなかったが、あの剣をこちらの剣で受け止めることはきっとできない。力が違う。


 だが、これは俺にとってチャンスでもあった。奴は地面に思いきり剣を叩きつけ、態勢が戻りきっていない。斜めから突っ込み、喉元めがけて突きを放つ。


 これなら当たる! そう思っていた突きは、ほんの少し浅かった。首には当たったのかもしれないが、奴は後退してぎりぎり攻撃を凌ぐと、今度は斜め上から剣を振る。


「く!」


 距離の詰め方が違う。まるで切られることを寸分も恐れていない動きだ。俺は剣で防ぐしかなかった。火花のように剣身がぶつかり合い、やはりこちらが力で押される。わかっていた事だ。ここで集中を切るわけにはいかない。


 すぐに切り返そうとするが、奴はこちらより早く二回目、三回目の斬撃を放ってくる。一旦でも受けに回ってしまうと、なかなか反撃の糸口が掴めなくなってしまう。


「く、くそ!」

「ジーク! が、がんばれー!」


 遠くからフィアの声援が聞こえてくる。俺は一方的に剣をぶつけられるが、それでもまだ凌ぐ。どんな奴にだって体力ってものがある。派手に攻め続けていれば、いつかはきっと綻びが見え始めるはずだ。


 十回、二十回という斬撃を受け続けた剣が、刃こぼれとヒビだらけの無惨な姿に変わっていく。これは相当まずい。


 しかもこの魔人とやら、全然動きが鈍らないんだけど。もしかしてスタミナが無限だったりする? 今度は突きを連続で繰り出してきたので、避けながら斜めに飛び、続いて闘技場内を駆け回る。


「……」


 灰色の騎士は黙ったまま、こちらを必死に追いかけ出した。しつこいったらない。でも大体分かってきた。奴の動きの癖、どういう闘い方を好むのか。あと、なんとなく考え方とか。


 まあその辺りは、ほぼただの直感だったりするんだけど、意外と当たる時があるから馬鹿にできない。奴はいくつかのフェイントを混ぜつつ、こちらに猛然と近づく。今度は俺がコロシアムの中心にいた。ギラリと光る赤い瞳。奴は今度こそ仕留めるべく、大きく前進しようと右足を踏み出していた。


「だあー!」


 ここで俺もまた一気に前に出る。今まで奴に見せていない全力の踏み込みで。真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに奴を狙う。


「ジークぅー!」


 フィアの必死な叫び声が耳に耳に響いた。

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