第21話 スキルの使い方

 次の日、俺とフィアは村の中央広場で待ち合わせをした後、はずれにある小山の頂上に向かうことにした。


 木で作られた小さな休憩スペース以外は特に何もないけど、山や森、田んぼと家々が一望できる見晴らしの良い場所だ。


「じゃーん。はい! これ私の自信作っ」

「うお! サンドイッチじゃん」


 すぐにスキルの使い方レクチャーが始まるかと思いきや、フィアはるんるんな笑顔と一緒にバスケットを掲げる。普通のサンドイッチのはずなのに、天から与えられたかのようにキラキラ感がある。めちゃくちゃ美味しそう。


 だが、俺は一抹の不安を感じずにはいられなかった。昔フィアの料理を食べて瀕死の重症に追い込まれた友人がいたし、かくいう俺もまた腹痛で数日苦しんだほど危険な腕前だったことを思い出したからだ。


 でも、あれから五年の月日が流れていたし、小さい頃とは見違えているに違いない。きっとそうだ。た、多分そう!


「スキルを使うためには、まず元気な状態じゃなきゃダメなの。だから、これを食べていっぱい元気になろ!」

「お、おお! ありがとう」


 俺はバスケットの中にある、一番手前のサンドイッチを口に運ぼうとした、まさにその時だった。


「カァー!」

「うわ!? って、おーい! 俺のサンドイッチが!」


 なんと唐突にやってきたカラスが、もの凄い勢いで滑空してきたかと思えば、俺のサンドイッチを奪いやがった。なんてやつだ、許せん。


 さらに奴は木の上に止まり、呑気にサンドイッチをぱくつきだした。


「こんのヤロー。やりやがったな!」

「ま、まあまあ。きっとカラスさんもお腹空いてたんだよ」


 優しいフィアの言葉に免じて、まあ許してやるか。なんて慈悲深い姿勢を見せようとしていた時、ふとカラスの動きが急におかしくなったことに気づく。


「グ……グボァー!」


 まさに悶絶という言葉がふさわしい。相当不味かったのか、奴は苦しみ喘ぎながら残りのサンドイッチを落として、そのまま逃げ去っていった。呆然と空を見上げる俺とフィアは、何かを察せざるおえない。


 しかし、聖女様はバスケットから新しいサンドイッチを手に取り、強張った笑顔になって、


「はい、あーん」


 などと甘い一言。まさかこれは、カラスに不味い飯判定されたことを認めたくないのか。いや、正直、すっごい不安になってきたんだけど。


「はい、あーん」

「い、いや。ちょっと俺、腹一杯かも」

「ジーク、あーん」


 やっべええ。フィアってばニコニコ笑ってるけど、めちゃくちゃ必死だよ。俺は諦めて口を開き、その危険な香り立ち込めるサンドイッチを頬張るしかなかった。


 ◇


 はあー……死ぬかと思った、なんてことは心の中でのみ呟ける。


 しばらく穏やかな時間を過ごした後、彼女は落ち着いた様子で椅子から立ち上がり、草がまばらな地面の上に立った。


「じゃあ、そろそろスキルの使い方を教えるね」

「うん。先生、お願いします」

「ん! まず、スキルは種類によって発動のさせ方が全然違うの。例えばね、魔法系は大抵の場合詠唱っていうのが必要。でも、ジークが覚えているのはかなり特殊だから、全然別物だと思っていいよ」


 魔法の場合、大抵は詠唱が必要。これは俺も知ってる。回復魔法とかは祈りが必要なんだけど、魔法を使うには魔力を消費することが前提になっている。つまり、魔力がないどっかの村人には使えないわけで。


 スッと瞳を閉じた聖女は、跪いて静かに祈りを捧げる。すると天から爽やかな光が降り注ぎ、俺たちの体を温めてくれた。光がおさまった後、彼女は立ち上がって「どや?」と言いたげな顔になった。


「す、すげー。こうやって外で見ると、全然見栄えが変わるなぁ」

「えへへ! そうでしょー。今のはオールヒールと言って、複数人の傷を癒せる魔法なの。私の場合は祈りが必要だから時間がかかるけど、ジークのスキルは多分すぐ使えるタイプじゃないかな」


 詠唱とか祈りとかは必要ないってことか。


「じゃあ俺のスキルって、どんな風に出すのかな」

「うーんとね。スキルボード系になるから、頭の中で集中して、スキルボードと意識を連結させる必要があるみたい。私の先生が昔教えてくれたの」


 フィアは学園で習った知識を披露してくれたが、いまいちイメージが湧かない。


「連結って言われても、よく分からないな」

「最初は瞳を閉じて、スキルボードを思い浮かべるらしいよ。ごめんね、私もギフトダンジョンの資格者にはなったことないから、あんまり詳しくわかんないの。最初は瞳を閉じて、念じてみる? って感じ」

「瞳を閉じて念じる……」


 とりあえずフィアの言う通りに、瞼を閉じてスキルボードを思い描いてみる。彼女が言うには気持ちを穏やかにして、静かに求めることが大事なんだとか。


 そうして意識を集中し続けていたが、何も起こる気配はなかった。


「分かんねえ。石板が出てくる気配すらないっぽい」

「焦らなくて大丈夫だよ。みんな最初はそうなんだって。あ! そうそう。少しずつ思い出を遡っていくと、突発的に出せるようになることもあるらしいよ」


 学園で学べる知識って凄い。そんな体験例まで教えてくれるんだ。俺も行ってみたかなったなと思いつつ、言われた通りに記憶を遡ってみる。


 フィアとギフトダンジョンに潜り始めた日、武術道場で破門を言い渡された日、村の友人とバカやって遊んでいた日、弟をいじめた相手と戦った日、友人と村の女子と遊ぶ計画を立てて盛大に失敗した日、友人とふざけて遊んでいたら橋を大破して死ぬほど怒られた日、友人と……。


 やばい! 俺の人生ロクなもんじゃないな。心穏やかになるどころかささくれ立ってきてしまった。続いてディランに挑んで滅多打ちにされた日が蘇り——、


「——あ」


 不意に頭の中に雷が当たったような錯覚を覚える。一瞬だが、時の石板が脳内に浮かんだ。というか、視界にはっきりと石板の文字とかいろんなものが浮かび、光を伴って何かが……何かが繋がったような奇妙な感触があり、俺はハッとして目を見開いてしまう。


「どうしたの!? できた?」

「いや……一瞬だけど。石板が見えて」


 体を前のめりにして確認してくるフィアに、汗を浮かべながらもなんとか答える。細部まで、まるで実際に見えているように浮かび上がったと思ったら消えてしまったことも。


「凄ーい! 初めてなのに、もう使えそうなところまで来てるよ。多分!」


 フィアが言うには、これもスキルを使えるようになる前段階なんだとか。そうなのかなーと思いつつ、とりあえず一旦練習はやめて、今日もダンジョンに潜ることにした。


 ギフトダンジョンは本当にどこにでも出現させられるらしく、なんと小山の頂でも召喚できた。


「これ、目立ってない? 大丈夫かな」

「あはは! きっと大丈夫。ここに来る人もほとんどいないし」


 まあ、この辺りは何日も人が来ないくらい過疎ってるし、気にしなくてもいいのかも。とにかく俺たちはもうお馴染みのダンジョンへと入っていった。


 さて、次はどの扉に入っていこうか。相談した結果、真ん中、左と選んできたので、今度は右の扉を選ぶことにした。

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