第11話 剣聖は語る
夏の気怠い暑さも忘れるほど、彼の声色は涼しげだった。
王都ラグの劇場を貸切り、その男は雄弁に語り続ける。自らの出生、幼少期から積み上げてきた研算の数々。そして冒険者として二年目になり、ますます活躍の場が広がっている事実を。
民衆の期待と尊敬の眼差しを一身に浴びてもなお、余裕に満ちた微笑は崩れない。剣聖ディランはいつもどおりの優雅さを保ちつつ、ただ独白を続けていた。
「僕らにとって、この一年の戦いは決して楽なものではありませんでした。幸いなことに失敗はしていません。しかし、何の犠牲もなかったといえば嘘になるでしょう。事実、ここにも大切な人を魔物に奪われてしまった方がいるはずです。その事実を知る度に、僕は悲しみと憤りに胸が震えずにはいられません」
魔物の襲撃事件が増えていることに、王都に住む人々は不安を覚えていた。以前は森や洞窟近くに居を構える村々が年に一、二回襲われる程度だった。しかし、ここ一年は月に数回襲撃を受けてしまう村や町も少なくはない。
守りが厳重な王都に住む富裕層の面々は、それでもいつか自分達も襲われるのではないかと不安に慄いている。誰もが王都の騎士や冒険者といった戦いのプロ達を欲している。安心を渇望している。
「僕は決して、過酷な生い立ちではありません。しかし多くの惨状を知り、そして経験してきました。幼くして剣技を習うことを決めたのも、人々が殺されてしまう現実を打破したいという思いからです。偉大なる神はきっと、僕の願いを聞き届けてくれたのかもしれません。剣聖としての才をいただいた僕は、同じ志を持つ聖騎士ハク、魔術師アイナ、そして聖女フィアと一年前にパーティを結成しました。その活動、成果はご存知のとおりです」
剣聖は淀みなく語り続ける。傍にいたハクとアイナもまた、彼の声色に魅了されている。自分達に誇りを感じていた。
「残念ながら、本日体調不良で欠席となってしまったフィアも、皆様にお会いしたかったことでしょう。僕達四人はこれからも前進を続けます。いずれ世界中から魔物がいなくなり、誰もが涙することなく暮らしていける世の中となるまで、戦いを止めることはありません。平和は必ずやってくる! 僕らは必ず、それを掴み取ります。以上です。ご清聴、ありがとうございました」
最後に敬礼をしてみせたディランに、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こっていた。その後は聖騎士ハクと魔術師アイナの挨拶へと続き、参加者からの質問を数回行った後に講演は幕を閉じた。
本来の劇と同じようにカーテンが降ろされた時、彼らに小走りで寄ってくる中年男がいた。王都ラグの防衛幹部だ。彼はディランと力強く握手をする。
「良くやってくれた! 君の話は実に見事だったよ。また出席してくれるかね?」
「はい。勿論です。喜んで参加させてください」
「ありがとう。それと、実は……フィアはまだ見つからんのだ」
「そうですか……」
凛々しき剣聖は、顔を俯かせてかすれた声を漏らした。聖女フィアが失踪してからというもの、王都に連絡して捜索を依頼しているが、手がかりは掴めていない。
「なあに。きっと彼女は生きておる。方々を騎士達に捜索させておる。しばらくすれば彼女の故郷であるレオの村にも捜索の手が回るだろう。何も心配せぬとも大丈夫だ」
「ええ、僕も信じています。彼女はきっと、生きていると」
「うむ。ではワシはこれで失礼する。聖騎士ハク、ディラン殿を頼むぞ」
ハクはすぐに幹部に一礼をした。
「はっ! この命に変えても。必ずやディラン様をお守り致します」
「うむ。ではまたな、剣聖殿」
幹部は足早に去っていき、ディラン達は楽屋へと向かった。黒いソファに腰を降ろした魔術師は、小さなため息を吐く。
「あーあ。なんでこんな大事な時期に、勝手にどっか行っちゃうのかなぁ、フィアちゃん。もしかしてまだホームシックだったかもね」
アイナが足を組みつつ、隣に座ったディランに笑いかけた。ハクは幹部がいなくなった後、急に苛立ちを顔に出した。
「アイナよ。呑気なことを抜かしている場合か。もし聖女様の身にもしものことがあったら、国を揺るがす事態だぞ」
「分かってるっつーの。だから必死こいて探してるんでしょ。でもさー、根を詰めすぎちゃったら見つかる人も見つからないっしょ。ねーディラン、いっそパーっと遊ばない?」
ハクの顔に怒りの色が浮かんでいる。何も分かってないだろうと詰め寄ろうとするが、ディランの微笑が踏み止めた。
「遊びに行くような余裕はないぞ。今はフィアを探し出すのが最優先だ。それまで待ってほしい」
不満げに鼻を鳴らした魔術師だったが、剣聖の言うことには逆らわない。ディランは懐から一通の手紙を取り出し、何度目かの黙読をした。
ーーーーーーーーー
剣聖ディラン様
聖騎士ハク様
魔術師アイナ様
とっても大切な急用ができました。
なので少しの間だけ、旅に出ます。ごめんなさい。
必ず戻るので、探さないで下さい。
フィアより
ーーーーーーーーー
二日前、この手紙を残して聖女は消えた。
一体何があったのかは分からないが、ディラン達は表向きは涼しい顔で冒険者としての活動を継続しつつ、裏では必死に捜索を続けている。
聖女が失踪したことが公になれば、国全体の問題になりかねない。自分達に過失がないとは断言できず、何かしらの罪に問われる可能性は十分にあった。今は味方である防衛幹部ですら、責任を追求されたら手のひらを返すこともありえる。
「まったく。なんで勝手に消えんのよ。絶対捕まえてガチ説教っしょ」
「我々に許しもなく失踪。不敬な行為ではあるが……」
二人の仲間は、彼女が見つからないことに苛立ちを隠せなかった。しかし、ディランは気にする素振りも見えずに立ち上がると、一人部屋の扉へと向かう。
「ディラン様、何処へ?」
「少し用事があるんだ。君たちは今日のところは休んでほしい。また明日から、よろしくな」
「あーい! じゃあ、あたしはちょっくら町ぶらつくわ」
「承知」
二人を残して、ディランは王都の繁華街へと向かった。酒場ばかりの通りだから昼間はほとんど人気がない。彼は通りの中にある、一軒の薄汚れた店の前で足を止める。崩壊しかかった木製の扉を開いた。
そこは誰もいない、小さな酒場の小さな一室。だが、彼は必死に兵士達が捜索するなかで知った手がかりを確かめに来た。
ここはかなり前に閉業している。立地的にも王都の酒場の中では目立たず、繁盛は狙えない。そんな取り立てて旨味のない物件を、なぜかあのフィアが購入していたことを知ったのだ。まさか、商売などを始めようとするような野心は彼女にはないはず。
ではここを買いとって何をしていたのだろうか。答えはこの酒場の床にあった。
ディランはカウンター近くにある椅子をどかし、床の一部を引き抜いた。すると地下へと続く階段がある。降りていった先には、医薬品などが沢山置かれたテーブルと、床一面に書かれた魔法陣がある。多くの魔具が散乱していた。これらを使ったに違いなかった。
「転移の魔法……いつの間に覚えていたんだ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます