第12話 剣聖が聖女を求める理由
描かれた魔法陣の形を知り、ディランは悟った。たまたま知り得た情報だったが、彼はとうとう確信を得た。
転移の魔法。それは自身または他の対象を、望んだ場所まで一瞬で移動することができる秘術だ。
しかし、転移を行うには膨大な魔力だけではなく、様々な魔道具と素材が必要になる。全ての素材を集め、実際に転移を実行できる者は世界中にごく僅かだという。
素材とは特殊な草や種も用いられるが、ディラン達が暮らす大陸には生えていない希少な物もあり、恐らくは別大陸から輸入したのだろう。決して誰にも見られないよう地下室まで用意している。手が混んでいる。
「そうまでして、君は何処に向かった?」
薄暗い部屋の中で、ディランは彼女の思考と重なろうと務める。だが、何処に向かったのかという問題の前に彼を悩ませていたのは、なぜ失踪したかということだった。
自分ほどの男が側にいるというのに、何処へ消える必要がある。彼は自身を正当に評価しているつもりだった。裕福かつ名声を得た大貴族出身であり、剣聖という誰もが憧れる高みへと到達し、容姿も並以上ときている。
ハクとアイナが嫌になり逃げ出したか?
しかし、それもまた考えずらい。あの二人は自分の言いなりなのだ。彼女も気づいていただろう。側にいる限り安心なはずなのに、どうして。
思えばフィアは、学園時代もどうにもよそよそしい態度を取り続けていた気がする。
許嫁だというのに、キスすら一度もしたことがない。手を繋ごうとすることもためらう始末。理解ができない。誰もが憧れる自分を、まさか嫌っているとでも言うのか。
それはあり得ない。彼女が自分を嫌うなんてあるはずがない。村では余計な少年が一人いたが、木剣で容赦なく叩きに叩いた。あの姿を見れば彼女は、奴より自分に好意を持つに決まっている。
では他の何かか。不意にテーブルに置かれた魔道具や素材、書物の数々に目をやる。中にあったダンジョンについての本が、彼の目に止まる。
「まさか……」
嫌な予感が頭を掠める。喉から手が出るほど欲しかったSS級ギフトダンジョン。彼女はまだ授かっていないと苦笑いしながらよく答えていた。だが実は、すでに手にしていたのでは?
途端、常に余裕を保っていたディランの顔が歪んだ。
「まさか……誰かに、あのダンジョンを」
あってはならないことだと思う。考えすぎかもしれないが、もしや彼女は授かったギフトダンジョンを自分に渡すのではなく、誰かにあげるために去ったのではないか。
ギフトダンジョンは、さまざまな存在に突然その資格が舞い降りる。聖女や賢者は、ほぼ必ず与えられるのだという。彼ら彼女らはギフトダンジョンを授かり、たった一人だけにその挑戦資格を与えることができる。
大聖女にもなれる素質を備えたフィアならば、まず間違いなく最高のギフトダンジョンが与えられるはずだ。ディランは彼女の噂を聞きつけた時、誰よりも早く接触を試みた。自身が歴史に名を残す剣聖となるためには、より良いギフトダンジョンに挑戦し、極上のスキルを手にする必要がある。
「そうはさせないよ。フィア」
剣聖はもうここには用はなかった。全てが繋がった気がしたのだ。彼はなかなかフィアがギフトダンジョンを授からないことが不思議でしょうがなかった。その為に、唯一ギフトダンジョンを与えられたかどうか、調べることができる儀式を予約していた。
もしかしたら自分でも気づかないうちに、手に入っているかもしれないよ。だから二週間後に儀式の予約を入れたことを彼女に伝えた。その時、明らかにいつもと様子が違ったのを覚えている。フィアが消えたのは儀式の一日前だった。
空き店舗を出た後、ディランは自身が焦りを感じていることに気づき足を止めた。貴族の跡取りであり剣聖。冒険者としても一流への階段を楽に登っている。完璧になりつつあるはずなのに、このざわめきはなんなのか。
「落ち着け。僕なら分かるはずだ」
ギフトダンジョンを誰かに渡すことが目的なら、彼女が目指す地はどこか。王都は兵士達が必死に探し回っている。学園の元同級生が匿っていたとしてもすぐにばれる。そもそも近場なら、わざわざ多大な労力を払って転移などしない。
それともう一つ、転移は非常に複雑な詠唱と操作が必要だ。知らない土地に向かうなどということは、まずもって熟練の賢者クラスでしか不可能と言われている。つまり、まだまだ新米の彼女は、行ったことのある所しか転移できないはずだ。
しかし、それでも答えは見えてこない。ただの一度立ちよった町や村、城はこの一年でいくつあったか分からない。または、自身の故郷か近場の町か。分からない、向かった場所を探す手がかりが見つからない。
だがもし大陸の何処かにいるとしたら、じきに国が探し出してくれる。妥当な線としてはやはり故郷だろう。何度も考えたことではあった。
王都ラグとレオの村はいくつもの山を越え、長い森を抜けていく必要があった。ラグの調査隊がたどり着くまでは二週間ほどかかるだろう。もし見つかれば、彼女は待っていてもここに戻らざるおえない。
でもその時、すでにギフトダンジョンを誰かに与えていたら?
頭の中で堂々めぐりする思考。ディランはフィアと過ごした日々を思い起こし、手がかりをたどり続ける。そんな時だった。彼の脳裏に、意味もなくあの少年……ジークの顔が浮かんだ。
何故なのかは分からない。しかし、彼の心の奥で何かが呼びかけている、そんな気がした。しかし結局のところ、確証がない。ディランは僅かな可能性で行動することが嫌いな性分だった。
「仕方がない。あの手を使ってみるか」
彼はフィアを見つけるために、どんな手段も使うことを決意する。一般的な方法では時間を浪費してしまう。だが、金さえ叩けばもっと効率の良い方法があるのだ。
しかし、気をつけなくてはならない。自分があの手の連中と関係を持ってしまったことがバレれば、築き始めた地位など簡単に霧散してしまう。
考え続けながら、彼は自らが借りている宿屋へと辿り着こうとしていた。ふと、入り口に見知った逞しい騎士がいることに気づく。その傍らには、面倒そうにネイルをいじっている女魔術師もいた。
「ディラン様! 大変です。巨大な魔物の襲撃があったとのことです。かなり大きく獰猛な魔物とのことで、防衛幹部がすぐにでも向かってほしいと仰せです!」
「人使い荒いよねーったく。いく?」
「……幹部に頼まれたとあっては、行くしかないな」
剣聖はいつもの余裕を取り戻していた。戦いとは彼にとってチャンスだ。そして、いつだって自分は神に愛されていたことを思い出す。そんな自分の願望が、叶わないはずはないのだと。
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