第9話 迷路は甘くない
「きゃあ! ジーク」
「うおお!? こ、これは」
一瞬のことでビビりまくった俺たちだったが、迷路の壁とぴったり重なった時点で降下が止まった。
「やりやがった。くそ、これじゃ壁を登って確認したりできないぞ」
「ちゃんと考えなさいってことかなぁ。厳しい試練だね」
「試練か。嫌な響きだわ。とにかく行こうか」
「え? なんで?」
「いろいろとな、あるんだよ」
俺は試練というものが嫌いだ。なぜかというと、大抵の試練には受かった試しがないから。その話は一旦置いておこう。辛いっす。
結局、ここは正攻法で抜ける以外は許されないらしい。一気に走って抜けたいところだけどグッと堪えた。理由としては、フィアがついてこれるのか心配だったことと、焦って何かに襲われでもしたら大変だからだ。
ここはダンジョンだ。魔物達の巣窟というイメージは古来から染みついている常識。誰しもがダンジョンに入れば魔物を警戒せずにはいられない。
でも俺の心配なんて杞憂だとばかりに、淡々と曲がり角だらけの道が続いていく。あれ? もしかしてこのまま普通に抜けれるパターンか。
「なんか、意外とサクサク行けちゃうねっ」とお気楽聖女さまの声。
「ああ、でも気を抜くなよ」
「はーい」
うん、なんかとっても癒される返事と笑顔だね。多分わかってなさそう。ここは俺が警戒心を高めまくってなんとかするしかない。
迷路は真っ直ぐの道はほとんどなく、曲がり角だらけ。でも特徴的で記憶に残りやすい通路も多い。わりと簡単かもしれないと思い始めていた。
そんな根拠のない楽天的思考が頭を支配している時のこと。突然視界がぼやけ、迷路が歪に映る。
「うわ!?」
「きゃ! な、なに? なに?」
フィアはいきなりのことでびっくりして、俺の腕を掴んでいた。
「分からない。とにかく、なんか危ないもんが始まってるかもな」
「う、うん」
石板の時計を見ると残り十五分。余裕ならある。焦らずに行けば、きっとなんとかなるはずだ。
◇
そんな風に思っていた時が懐かしい。俺たちはどういうわけか、迷路にはまってしまい抜けられずにいた。
やばい! これやばいって。
「なんで辿り着けないんだ……」
「う、ううーん。もしかして私達、ぐるぐる回っちゃってる?」
「多分そうみたいだな」
気づけば残り七分になってしまった。これは相当まずい。
しかし、方角をきっちり確認しながら歩いているのに、どうしてこうなってしまうのか。さらには、さっきの謎の視界がボヤける現象が時折発生しては、心細い俺たちを脅かしてくる。
「ねえジーク。これ、私がさっきつけた跡なんだけど」
フィアが指差した地面には、丸いマークが書かれていた。持っていた筆で作った目印だ。
「なんか変。あの目印を書いた時は、真っ直ぐな通路だったと思うの」
「え? でも、気のせいじゃないか。流石に……」
いや、待てよ。まさかこの壁とか通路とか、動いちゃったりしてる?
「目印をつけても無駄なように、細工してるのか」
「きっとそうだよ。私達、完全迷子!」
「超やばいなそれ!」
もし本当にそうだとしたら、あと五分くらいで辿り着ける気がしない。焦るのが遅すぎた感は否めないけど、ここにきて絶望という二文字が頭に浮かぶ。
「こうなったらあれしかないか。フィア! ダッシュだ!」
「え、う、うん」
俺達はとにかくひたすら走る。数撃ちゃ当たる、じゃないけど。走りまくってゴールを目指す。当初の危険性を考える余裕はない。何よりもう時間が無さすぎる。
とにかく夢中で駆けた。曲がってばかりかと思えば真っ直ぐだったり、くねっていたりな意地の悪い通路を。
だが、行けども行けどもゴールは見えない。気がつけば、あの声が響いていた。
『残り時間、10秒です。9……8……7』
「ちょ!? ヤバいヤバい」
「ジーク! もうダメっぽい!」
もしかしたら、このカウントが終わったら……死ぬ? 数が告げられるたびに視界が霞む。何かが迫っている。不吉で不穏で、避けるべき何かが。
『一………0。攻略失敗です』
その時だった。足元に巨大な穴が出現し、俺とフィアを飲みこんでしまった!
「う、うわあああああ!」
「きゃあああああー!」
落ちていく。しかし、この真っ青かつ妙にキラキラとした空間はなんだろう。死ぬかもしれない状況にいるというのに、何か不思議と嫌な予感がない。
猛烈な勢いで落とされ続け、今度は突然視界が真っ白になった。身体中の力が抜ける。意識すらも遠くなっていくようだ。フィアは大丈夫だろうか。消えそうな意識の中で、彼女のことばかり気になった。
最後の最後、俺はふいに夢を見た。子供の頃、フィアと遊んだ時の夢を。
「——ク。ジーク! ジークぅうう!」
誰かが呼ぶ声がする。静かに、徐々に覚醒する意識。瞼を開けた先には、かつての記憶よりずっと成長したフィアがいた。
「あ、あれ? フィア?」
「よかったー! ジーク、死んじゃったのかと思った」
へなっと女の子座りで嘆息する彼女は、至って普通だ。俺は自分の体に大怪我がないかを確認する。
「なあ、フィア。俺たちダンジョンに挑んで、失敗したんだよな?」」
「うん。難しかったね」
「すげえ勢いで落下しちゃったよな!?」
「うん! 怖かったー」
やっぱりあれ、夢じゃなかったのか。でも、あの大きなダンジョンは消え去ってしまっている。
「もしかして回復魔法とか使った?」
「え? ううん。何もしてないよ。私達、無傷だったみたい」
どういうことだろう。失敗しても無傷で終われるってことなのか。
『ダンジョンの攻略に失敗 挑戦者に時力を5付与、時PTを5付与。支援者に魔力を5付与』
「うわ!?」
突然胸元から声がして飛び跳ねそうになる。見れば、あのダンジョンで手に入った石板が光っていた。
「あ、この石板は持って帰れるみたい。今、付与とか言ってなかった?」
「言ってたな。しかもじー? じりょくとかって」
一体なんだ? しかし石板は質問には答えず、更なる混乱を巻き起こす。
『時力を初獲得。スキルツリーが解放されます』
そうか。スキルボードには、スキルツリーっていうものがあって、それを一個ずつ解放することでスキルを得られたはずだ。
俺とフィアはまるで子供みたいに、石板の変化を見守っていた。
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