第8話 ステージ1-2 明滅回廊

 なんで俺のフルネームを知ってるんだこの声は? 正直かなり怖い。


 チラッとフィアを見つめたが、彼女は驚きで固まっていた。どうやらこの声は二人に届いているようだ。


『初めに時の石板を与えましょう』

「え? なんだ?」


 今度は台座がキラキラと輝き出した。かと思うと何もなかった台上に青い石板が現れて宙に浮き、くるくると横回転を始める。


 隣の幼馴染は超現象にビックリして、あわわと言いながら背後に隠れている。ぎゅっと上着の裾を掴まれていて動きにくいなと思いつつ、招かれるように右手が石板に触れた。


 すると先ほどまでの光は全て収まり、また白く静寂に溢れた世界へと戻っていく。この手に残った石板だけが、さっきまでと違う唯一の変化だった。


「これは一体なんなんだ?」

「あ、あのねジーク。それって多分、スキルボードだと思うの」

「スキルボードってもしかして。スキルを獲得できるっていう、あれ?」

「そう! やったね。ジークはこのダンジョンに挑戦する資格があるみたいだよ」


 スキルボードっていうのは、魔法や特別な技、その他あらゆる恩恵を表す総称である『スキル』を獲得できるアイテムのことだ。所持者が特別な経験を積むことによりポイントが貯まり、必要なポイントに応じてスキルを獲得できる。


 常識では考えられないほど早くスキルを習得できるという、冒険者なら一度は手にしたい夢のアイテムなんだけど。ここで大きな疑問がある。


「いや、急にそんなことを言われても。それにこれ、偽物じゃないのか」


 スキルボードにはよく似た紛い物が星の数ほど存在する。魔術師が自らスキルボードを発明しようとしていた時代があって、多くの失敗作が世に放たれたとか。いつになく疑り深くなってしまう俺。だって怖いじゃん。


「ええー。そうかな? でもさっきの光り方、あれは本物でしょ。キラキラピカーんだったよ」

「キラキラピカーんな偽物だってあるんじゃ、」


 言いかけた時、一瞬だが大きく地面が揺れた。重苦しい音と一緒に、まるで誘うようにゆっくりと赤い扉が開き始める。


「開いちまった……」

「ねえジーク。ちょっとだけ入ってみない?」

「なんかアレだな。フィアってめちゃくちゃ押しが強くなってるよな」

「私が押すのは今回だけだよ。きっとお宝がザックザックだと思うの」


 なんてこった。知らない間に物欲の化身にでもなったのか。彼女は荷物をごそごそした後、俺に一本の剣を差し出してくる。こんなものまで用意してたのか。


「それがあれば大丈夫でしょ。ジークはすっごく強いもの」

「買い被りだよ。帰ろう……と言いたいところなんだが」


 なぜかは分からないが、強烈なまでにこの奥に広がる世界に惹かれている。さっきまではフィアを止めることで頭がいっぱいだったのに、どうしてなんだろう。いや、これは単に意志が弱いだけか。


「ま……まあ少しだけ、行ってみるか」

「そーこなくっちゃ! じゃ、レッツゴー」

「あ、あんま騒ぐなって。魔物いたらどうするんだよ」


 俺は静かに扉の中に入ってみた。さっきまでの通路とは違い、青白い床と壁だけの廊下。見えない先を進み続けると、今度は三つの赤い扉が現れる。一見するとどれも同じ色と形をしていた。


『挑戦するステージを選んでください。石板はいつでも収納、取り出しが可能です』

「おわ!? ビックリした」


 この声、いきなり聞こえてくるんだよ。緊張している時だとビビる。


「私達のこと助けてくれるみたいだね。頼れる味方かも」

「楽観的だなー」

「ねえねえ、それよりどこにする?」


 どの扉を選ぶか。正直これは勘でいくしかないか。まあ大体の場合、俺はど真ん中を選びたくなる。それはフィアも同じだった。なぜか二人して、道に迷った時や困った時、大抵の時は真ん中を選択してきた。


「真ん中でいいか?」

「はーい。やっぱりだね!」


 しかし、フィアはやけに楽しそうだ。冒険できるってことが嬉しいのかな。俺の知らない間に何かが開花したのかもしれない。ディランと楽しく過ごして変わったりしてるのかも。


 いや、いかんいかん! ここで余計なことを考えている場合じゃなかったんだ。


 しかし、そんな雑念に囚われているのはここまでだった。金枠のノブに手をかけ、静かに押す。すると、広大な迷路を思わせる空間がその姿を現した。


『ステージ1-2 明滅回廊』


 めい……え? 扉を抜け、囁くような女の声に首を傾げつつ階段を降りる。

 もともとかなり高い位置から降りているので、遠くまではっきりと見渡すことができた。


「わああ! 何これ、本当に迷路って感じ」


 フィアが驚くのも無理はない。見渡す限り入り組んだ通路だらけになっている。正直、ここまで大掛かりなものだとは予想していなかった。


『クリア条件:最奥の扉に辿り着くこと 制限時間:20分』


 え? え……どういうこと?

 しかし、悩んでいる間にも事態は動き出していた。なぜか時の石板が光り出したかと思うと、右上部分に数字が出現した。残り20分を指し示していたが、ちょっとずつ数が減少してる。


「この数がゼロになるまでに、到着しろってことなの?」


 フィアが不思議そうに、俺の肩越しに石板を覗いていた。


「ああ、多分そういうことっぽい。でも、時間までに辿り着けなかったらどうなるんだ?」


 最悪死んじゃったりしないか。フィアは大丈夫ってさっき言ってたけど、そんな保証はどこにもないわけで。


 っていうか今からでもやめれないかな。帰るっていう手段を前向きに検討する必要性を改めて感じ、俺はふと背後を振り返った。


 ……ないんですけど。扉がそっくり消えちゃってるんですけど。


「ない!? ないぞ! 扉」

「ホントだ! これってもう、行くしかないって感じ?」


 逃げ道なしか。いやいや、これ相当やばいだろ。とはいえ一番向こうの壁を見る限り、よほど迷わなかったら大丈夫じゃないか?


「とにかく、もうこうなったらしょうがない。行こう」

「うん。がんばろー」


 呑気な声がダンジョンの中に響いた。フィアのこういうところが変わってないのは、嬉しくもあるんだが。まずは階段を降りてやや早足で迷路へと進む。


 だが、ここでまたしても予期していないことが起こる。天井が急に沈んできた。

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