第7話 資格はあるのか
「やったっ! 初挑戦だったけど成功!」
「せ、成功って……なんだよこれ!?」
ダンジョンにしか見えないこの城が突如現れるという不思議。ギリギリ森からはみ出るほどじゃないが、誰かが見つけたら大騒ぎになりそうだった。
「えーとね。私もやっと一人前になれたんだって。で、神様が突然プレゼントをくれたの。それがこれ! ギフトダンジョン」
「神様がプレゼント?」
分からん。今の説明だけでは俺の脳みそでは理解しきれない。きっと他の人も理解できないと思う。
「まーまー。積もる話は中でしましょう。立ち話もなんですから」
「いやいや、俺は立ち話でいいよ! 全然好きだよ立ち話」
むしろ中に入っちゃったら引き返せないとか、そういうのありそう。
「大丈夫大丈夫! 何もしないから安心して」
なんか大変な目に遭いそうな気がしてきた。この聖女様に。
「なんで俺のほうが身の危険感じてんだよ」
とは言え、興味がないわけではなかった。昔は冒険者に憧れを抱いていたわけで、彼らがよく挑んでいるダンジョンについても強い関心があった。その憧れの名残が、俺を誘いこもうとしている。
「でもなぁ……やっぱ危ないよ」
「もー。じゃあ私だけで行く」
「は? お、おい! ちょっと待って」
プクッと頬を膨らませた後、フィアはさっさとダンジョンの黒い扉を開いて、躊躇いもなく中に足を踏み入れる。流石に連れ戻さないとヤバい。俺は急いで可憐な背中の後に続いた。
中に入った時、周囲の景色にまた驚かされる。天井も壁も床も真っ白。しかし、一本長い赤絨毯が敷かれていて、左右に巨大な松明が一定の間隔で設置されている。広々とした通路の奥に、赤い扉が見えた。
「わああ! すっごーい。ねえジーク、ワクワクするね」
「ワクワクしてる場合じゃないって。俺達二人じゃ危ない」
「大丈夫大丈夫。このダンジョンのことはね、ちゃーんと調べてあるの。私達、ホントに死んじゃったりはしないよ」
死んじゃったりしないなんて、どうして信じられるのか。それってどこ情報なのか。フィアは肝心なところは適当だったことを今になって思い出した。
「とりあえず、あの扉までは行ってみようよ。せっかく神様からもらったプレゼント。そしてお土産なんだから」
「俺は普通のお土産が良かったんだが」
「ね! お願い! ジーク」
うるっとした瞳に見つめられ、たまらず目を逸らした。まあ別に、本当にあの扉までっていうならいいか。幸いこの入り口付近には、危ない魔物とかもいないみたいだし。ただ、これ以上は断固として止めなくちゃいけない。
「分かったよ。じゃあそこまでだ」
「えへへ。やった」
パッと花が綻ぶような笑顔を見せ、フィアは上機嫌になる。とりあえず一歩一歩、警戒しながら扉の前まで辿り着いた。赤地に金枠の、俺達よりずっと大きく豪勢な扉だ。
「この扉はね。資格がある人しか開けることができないの。その資格っていうのは、あの台座で判断するらしいよ」
「あー、あれか……」
扉の少し前にある、妙な煙が渦巻いている台座。白くツルツルとしたそれは、鏡のように俺たち二人を反射していた。一体なんの材質でできているんだろ。
フィアが警戒心ゼロの、能天気全開な足取りで台座を覗き込む。
「き、気をつけろよ。突然なんか飛び出てきたりとか、」
「大丈夫大丈夫——ひゃあ!?」
「言ってるそばから!?」
咄嗟に駆け寄ると、フィアは驚いて尻餅をついただけだった。
「ああ良かった。虫かなんかいたの?」
『私は時喰いの迷宮をつかさどる者。挑戦者よ、その右手をかざすのです』
「うおお!?」
今度は俺が後ずさった。あまりにも唐突に、頭の中で響くような女の声。さっきフィアがビックリしたのもこのせいか。
「びっくりしたっ。でも教えてくれるのは親切さんだね」
「予想の斜め上の優しさだったな。で、どうするんだ。帰るか」
「うーん。でも、一回入れるのかどうかだけでも、試してみない?」
好奇心いっぱいの幼馴染には悪いけど、俺は気が進まない。
「開いたら魔物がわんさか、っていう可能性もあるかもしれないぞ」
「大丈夫! ほら」
するとフィアはバッグの中から棒とか鉄球っぽいのを取り出して、組み立て作業を始める。終わった頃には立派なモーニングスターが誕生していた。
「すげえ! そんな武器持ってたのか」
「あはは! 危ない時はこれをブンブン振り回して逃げれば問題なし」
「周りが危険だよ。特に俺が」
「まあまあ! 結局選ばれなかったら何もないよ。ちょっとだけ試してみようよ」
どうしても譲る気がないらしい。大丈夫かなぁと思いつつ、内心気になっている自分がいる。
「よ、よし。じゃあ試してみよう。慎重にやるんだぞ」
「え? ジークがやるんだよ」
「俺が?」
「うん。私はダンジョンを召喚はするけど、あとは支援するのが役目なんだって」
一体どこ情報なのか定かじゃないが、彼女がいうならそうなんだろう……きっと。もうここまできたらしょうがないと、恐る恐る台座に近づく。さっきの声は聞こえない。
俺は緊張しつつも、ゆっくりと右手のひらを台座の中心へと持っていった。
台座には特に何もない。こうやって手をかざしていても、特に意味はなさそうだ。だが……。
「あれー。なんにも変わんないね」
「い、いや。変わってきてるぞ」
「え?」
フィアに変化は感じられない。それは見た目から始まったことではないからだ。俺は指先から暖かい何かを感じ始めていた。やがてそれは海みたいな青色の光となって、指から腕、肩、全身へと伝っていく。気がつけば身体中がピカピカし出した。
「わああっ。す……すごい!」
聖女様は、こんな姿になるという前情報は持っていなかったらしい。じわじわと暖かい光が全身に駆け巡っている間に、また女の声がした。
『ジーク・シード……あなたを資格者として認めます』
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