第2話 ジークとフィア
子供の頃、どんな男子よりも活発なのはフィアだった。泥んこ遊びに興じてお母さんを怒らせて泣いたり、かと思えばすぐにケロッとしてまた駆けっこや玉遊びに夢中になる。
俺からすると、もう男友達とほとんど変わらない感覚だった。とは言っても女子なので、やっぱ男子とは違うんだなぁと思うことはあったりしたが。
人形遊びとかおっとりしたものは全然やろうとしない。代わりに隠れんぼや小さな冒険に夢中になる。有名な英雄を真似するごっこ遊びとかが子供うちで流行っていた時があったんだけど、フィアは決まって戦士役、または騎士役を希望してくる。
俺と他の友達はすぐに反対して、代わりに英雄に助けられるお姫様役を推薦するんだけど、これがいつも却下されてしまう。
「いや! 私は守ってもらう役なんてしたくないの。カッコよく戦える役にしてよ」
ほとんどこういう遊びに付き合ってくれる女子はいないので、俺達としては何としてもお姫様をやって欲しかった。まあでも、抜けられてしまうとつまらないので、なんだかんだで主人公役がフィアになることが多かった気がする。
ちなみにフィアに助けられるお姫様役を俺がやらされたりした。なんでだよ逆だろ。
とまあ、こういう感じのわんぱくな女子だったから、君は聖女になれる! って言われたところで困惑しかなかったのだろう。
それだけじゃない。大きな才能というものは、時として生き方を決めてしまう。いや、周囲に決められてしまうのだ。巨大な期待という鎖にフィアが縛られ始めたことに気づいたのは、数日ほど経ってからのこと。
ある程度は自由に外で遊んでいた彼女が、急に外出する機会が減った。代わりにお家には沢山の知らない大人が連日のように訪ねてくる。俺と友達は子供ながらに、何かが急激に変わりつつあることに気づいた。
フィアの家に訪れる大人達は、大抵は髭を蓄えた紳士風の男や、騎士のような鎧を纏った無骨な男、それから村ではお目にかかれない美しいシスターなど、只者ではなさそうな人が連日詰めかけていく。
一体何が起こっているんだろう。他の友達は好奇心に駆られていたけれど、貴族みたいな家に近づくだけで怒られるようになったので、遠巻きに眺めているしかない。
元々フィアは村では裕福なほうだったけれど、あっという間に現実のお姫様にでもなるというのか。子供達の間で噂が持ちきりになった。
俺はどうも嫌な予感がしていた。たまにみんなが遊んでいる姿を、彼女が窓から覗いていたことがあったんだ。ひどく羨ましそうな顔をしていたのを覚えている。
どうしても心配になり、ある日我慢できずに家の扉を叩いた。中から出てきたのは、いかにも執事って姿をしたおじさんだった。何度かフィアの家に遊びに来たけれど、初めて見る顔だ。
「悪いけど、今フィア様は忙しいんだ。急いで沢山のことを学ばなくてはいけないんだよ。だから、みんなと遊べるのはずっと先になるんだ」
ずっと先と、彼はそう答えた。声は優しげではあったけれど、決して譲らないという強い気概が全身から溢れている。
「ずっと先って、どのくらい先なの?」
「さあね。しばらく先としか、私には答えられない。さあ、今日はもう帰りなさい」
本気になった大人は、とっても怖い。その後も粘ってはみたけれど、厳格さを滲ませた顔から拒否の言葉を紡がれ続け、結局は諦めるしかなかった。
トボトボと情けない足取りで正門から出て行こうとした矢先だった。ひゅう……と妙な音と共に、何かが背中にあたったのだ。
「あれ? これって……」
それは一枚の手紙だった。風に乗って飛べるように、鋭利な形に折り曲げられている。ふと屋敷の二階に視線を向けると、フィアが笑って手を振っていた。だが、その笑顔は唐突にカーテンに遮られる。おばさんが苦笑いをしつつ、俺とのやり取りを遮断したらしい。
残った手紙を開いて、中を読んでみる。そこには、『久しぶり! もし良かったら今日の夜、秘密の砦でお話ししない?』と書かれていた。
秘密の砦。俺とフィアはあの場所をそう呼んでいた。
なんのことはない、彼女の家から少し歩いた先にある森だ。そこをダンジョンという設定にして、冒険者ごっこをして遊んだりしていた。
夕陽が落ちて夜になり、俺はこっそりと家から抜け出して森へ向かう。両親に見つかるかもしれないという危険はあったが、この当時から優秀な弟にいろいろと頼みこみ、上手くバレないよう手を打っておいた。ちなみに弟は賢い神童という評判があり、兄の俺は体力バカだと評判だった。
フィアは本当にここに来れるのかな。心配しつつ待っていると、しばらくしてから誰かが駆けてくる音が聞こえた。
肩までの金髪に金色の瞳、じっとしていればお人形そのものに見えてしまうフィアは、ニコニコと笑いながら手を振ってくる。
「ごめーん! ちょっと遅れちゃった」
「全然待ってないよ。それより、大丈夫だった?」
「うん! ちゃんとお人形をシーツに入れておいたから大丈夫」
それって大丈夫なのかな? まあ俺も似たような技を使っているが、弟という利口な頭脳があるおかげで安心感が違う。本当に頼りになるぜあいつ。兄の威厳とかはこの頃からない。
何をするでもなく、フィアは俺の隣にちょこんと座った。大抵の場合そう。隣にはいつだってフィアがいた。見飽きた夜空も一人っきりじゃなくて、彼女と一緒なら何かが違って見える。
「最近さ、全然遊べなくなっちゃったな」
いつもは大体フィアから話しかけるけれど、この時は俺から切り出した。のんびりしていたら時間がどんどん減っていくような、嫌な予感がしていたからだと思う。
「うん。ごめんね。ジークとも、みんなとも……最近全然遊べてない。私もそろそろイライラで噴火しちゃうかも。だって、ずーっとお勉強ばっかりだから」
「どうしてそんなに勉強してるの?」
「聖女になるためには必要なんだって。普通のお勉強と魔法のお勉強を交互にしてるんだよ。サンドイッチみたい」
想像しただけで気持ち悪くなるサンドイッチだ。俺ならきっと、挟まれる前にダメになる。勉強ってなんであんなに怠いんだろ。
「でも、フィアは聖女が嫌じゃないの?」
「ん……うん。嫌だよ。でも」
「でも?」
「聖女になったらきっと、パパとママが喜んでくれるの」
俺が予想していた答えとは違っていた。思わずじっと、まだまだあどけない横顔を見つめる。本当かよ、と詰め寄りたい気持ちをグッと抑えて。
「パパとママはずっと私のこと怒ってばっかりだった。でも、最近すごく優しくなったんだよ。少し前までは二人とも仲が悪くって、口喧嘩とかもしょっちゅうだった。それが最近は、とっても仲良しになったの」
「フィアが聖女になれるから?」
「うん」
そう言って彼女はこちらを見て、微かな笑みを浮かべる。どこか悲しそうに映ったのは気のせいだろうか。
「あのね。実は……ジークに伝えておかなくちゃいけないことがあるの」
俺は黙って続きを待った。いつになくもじもじと体を動かす幼馴染は、どんな反応をされるのか不安でしょうがないようだ。
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